第20話

第二十話
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2026/03/03 09:00 更新
囲炉裏の前では、いつも通り鏡月が茶を啜っていた。
俺は目の前に置かれた茶も飲む気になれず、巾着をずっと見つめていた。
中には、あの日壊れた鏡の破片。
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
鏡月
鏡月
何だ、見合いか?
唯
ちげーよ!
茶化すような言葉が飛んでくる。
それに噛みつくと、鏡月は楽しそうに笑った。
鏡月
鏡月
そんな緊張せずとも、
もう両想いではないか
唯
だから見合いじゃないって!
なんだよ両想いって
鏡月
鏡月
おぬしと付喪神だ。
なにせ、おぬしがやっと
自覚したのだからな
唯
うるせ
鏡月
鏡月
そう照れるでない。
素直になれば、付喪神も
素直に答えてくれる。
ゴールインはすぐそこだ
唯
ゴールイン言うな
鏡月の空気に飲み込まれ、気が付けば俺もいつも通りだった。
だが、巾着を見ると心がざわつく。
色んな思いが不安に包まれていく感覚。

鏡月に付き添われて、井戸の前に向かう。
ぼんやりと光る井戸に呼ばれているような気がするのはもう、気のせいではないだろう。
唯
……本当に大丈夫なのかな
井戸を前に、自分の中で昇華しきれなかった不安が言葉になって出てくる。
もう一度鏡と向き合おうと決心したは良いものの、やはり怖いという感情は拭いきれない。今までずっと抱いてきた思いを変えるということは、簡単ではない。
鏡月
鏡月
何が一番不安なんだ?
唯
一番……
鏡月
鏡月
私から見て、おぬしはもう付喪神に対する
不信感も消えておる。
怖がる理由が分からなくてな
唯
……うん。もう付喪神に対して
マイナスな感情はない。けど
鏡月
鏡月
けど?
唯
俺は、大切にできるかな
一番怖いのは、鏡が戻ってきた時のことだった。
俺はずっと物を大切にしないようにしてきた。
物をぞんざいに扱うようになっていた。
また大切にできず、壊してしまったら──
唯
……大切にする方法が分からない
鏡月
鏡月
ふむ……。おぬし、恋仲はおるか?
唯
恋仲?
鏡月
鏡月
あれだ、恋人だ
唯
はぁ? 今それ関係ある?
鏡月の質問に、思わず顔をしかめる。
真剣な話をしていたのに、なんだ急に。
鏡月
鏡月
そうカリカリするな
唯
かりんとうはいらないからな
鏡月
鏡月
おや、先を読まれたか
唯
何度も聞かされればわかる。
じゃなくて、俺は真面目な話してんだけど
鏡月
鏡月
心外だな。私だって真面目だ
唯
真面目? お前が?
鏡月
鏡月
あぁ。大真面目だとも
唯
大切にする方法が分かんない
って言ってる俺に、恋人の有無を
聞いてくることが?
鏡月
鏡月
そうだ。大いに関係あるぞ。いないのか?
唯
…………いたことないけど
鏡月
鏡月
はっはっは、まぁそうだろうな
唯
何だお前!
真面目な話じゃなかったのかよ!
怒りの矛先が分からなくなって思わず腕を殴ろうとすると、あっさり避けられた。
鏡月
鏡月
付喪神も人も同じだ
唯
……え?
鏡月
鏡月
人を大切に思うのと同じように、
物にも接するといい
唯
……俺、友達もいないけど
鏡月
鏡月
ならこれから学んでいくんだな。
最初からうまくできることなんて
そうそうない
唯
……でも
鏡月
鏡月
誰しも、失敗をして、苦しい思いをして、
そうして少しずつわかっていくんだ
鏡月
鏡月
おぬしはもう、
一度苦しい思いをしているだろう。
なら、その感情を抱いたことのない
人間よりも一歩先にいる
鏡月
鏡月
おぬしならすぐに、
大切にする方法がわかるようになる
唯
そう、かな
鏡月
鏡月
やろうと思えたのなら、やれるさ
唯
…………
井戸を覗き込む。水面に揺らめく、不安そうな顔をした自分と目が合う。
ここに飛び込めば、付喪神に会える。
でも本当に、俺は再び大切にできるのだろうか。また壊したら?
付喪神にまた、痛く辛い思いをさせるだけなんじゃ?
鏡月
鏡月
では今日も
俺の耳に、愉快そうな鏡月の声が聞こえてくる。
背中を押された感覚に続いて浮遊感を覚える。
やられた、と理解したときにはもう、モノクロの世界にいた。
唯
あいつ……ッ!!!!
この場にはいないのに、鏡月の愉快そうな笑い声が聞こえた気がしてその場で地団駄を踏む。
そして追い打ちをかける様に、肩にドスンと何かが降ってくる。
唯
ぅわ!!
水先
水先
よし。やっとできた
崩れそうになるバランスを必死で立て直すと、頭上から少しだけ嬉しそうな水先の声が聞こえた。
気付けば、水先が俺の肩の上にちゃっかり乗っていた。完全に肩車スタイルだ。
唯
こら! 危ないだろ!
水先
水先
問題ない。着地点は完璧だから
唯
俺が転んだらお前も落ちるんだって!
水先
水先
受け身は得意だから大丈夫
唯
お前も鏡月も自由過ぎるだろ……!!
ここに来るまでも、ここに来た後も、いつも通り過ぎて頭を抱えそうになる。
鏡月と水先に振り回されるのに慣れつつあるのも嫌だ。
唯
…………あれ?
そこでふと違和感に気付く。




いつも聞こえていた「忘れないで」の声が、今はまったく聞こえてこない。

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