囲炉裏の前では、いつも通り鏡月が茶を啜っていた。
俺は目の前に置かれた茶も飲む気になれず、巾着をずっと見つめていた。
中には、あの日壊れた鏡の破片。
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
茶化すような言葉が飛んでくる。
それに噛みつくと、鏡月は楽しそうに笑った。
鏡月の空気に飲み込まれ、気が付けば俺もいつも通りだった。
だが、巾着を見ると心がざわつく。
色んな思いが不安に包まれていく感覚。
鏡月に付き添われて、井戸の前に向かう。
ぼんやりと光る井戸に呼ばれているような気がするのはもう、気のせいではないだろう。
井戸を前に、自分の中で昇華しきれなかった不安が言葉になって出てくる。
もう一度鏡と向き合おうと決心したは良いものの、やはり怖いという感情は拭いきれない。今までずっと抱いてきた思いを変えるということは、簡単ではない。
一番怖いのは、鏡が戻ってきた時のことだった。
俺はずっと物を大切にしないようにしてきた。
物をぞんざいに扱うようになっていた。
また大切にできず、壊してしまったら──
鏡月の質問に、思わず顔をしかめる。
真剣な話をしていたのに、なんだ急に。
真面目な話じゃなかったのかよ!
怒りの矛先が分からなくなって思わず腕を殴ろうとすると、あっさり避けられた。
井戸を覗き込む。水面に揺らめく、不安そうな顔をした自分と目が合う。
ここに飛び込めば、付喪神に会える。
でも本当に、俺は再び大切にできるのだろうか。また壊したら?
付喪神にまた、痛く辛い思いをさせるだけなんじゃ?
俺の耳に、愉快そうな鏡月の声が聞こえてくる。
背中を押された感覚に続いて浮遊感を覚える。
やられた、と理解したときにはもう、モノクロの世界にいた。
この場にはいないのに、鏡月の愉快そうな笑い声が聞こえた気がしてその場で地団駄を踏む。
そして追い打ちをかける様に、肩にドスンと何かが降ってくる。
崩れそうになるバランスを必死で立て直すと、頭上から少しだけ嬉しそうな水先の声が聞こえた。
気付けば、水先が俺の肩の上にちゃっかり乗っていた。完全に肩車スタイルだ。
ここに来るまでも、ここに来た後も、いつも通り過ぎて頭を抱えそうになる。
鏡月と水先に振り回されるのに慣れつつあるのも嫌だ。
そこでふと違和感に気付く。
いつも聞こえていた「忘れないで」の声が、今はまったく聞こえてこない。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!