グリムに声を掛けられて「何でもありませんよ」と軽く笑っておく。
そして話をすり替える様に「にしても、本当広いですね。この学校。散歩のしがいがありそうです」と言ってみたりする。
彼が僕の方を振り返った瞬間、曲がり角から出てきた誰かとぶつかる。
少年が俺についての事情を説明し、小柄な方の青年が「またッスか!?」と驚いた顔をする。
“また”とは、“また異世界から人が来た”と言う意味だろう。一方で、ガタイの良さそうな男性はこちらをまじまじと見ている。
“草食動物”という言葉に対して一瞬頭にハテナが浮かんだが、俺達のことを言っているのか。
僕達が“草食動物”なのは、ガタイ良さげな彼に比べたら僕も少年も小さいし、筋肉もあまりないので弱そうって意味が含まれているのだろう。
特に何事もなく獣耳のお二人ともお別れし、少しすると学園長室へとたどり着き、ノックをして「どうぞ」と言う声と共に中へと入った。
学園長室に入ると、早速少年達が学園長に僕の事を話す。それよりも、学園長の声が首領と似ている事に驚き、一瞬ビビった。
森さんも性格的に愉快な部分はあるが、この学園長の方が愉快そうだ。でも胡散臭いのはどちらも一緒だろう。
学園長は「ふむ……」と考え始め、僕はその様子を黙って見つめていたが、この後の展開は嫌でも想像出来る。
普通の高校すら通った事ない自分が、突然魔法学校で生徒として行かねばならなくなる。
面白そうだが、同時にやっぱり面倒くさい。
特に朝早く起きる行為が。
魔法は確かに使えない。でも……異能は使える。
ある意味、それが救いでもあった。
そういう点では、魔法も異能も無いのに過ごせている“ユウ君”には感心する。
「失礼しました」と一言言って学園長室から出て行き、更衣室に向かう。グリム達は自分が着替えている間にお手洗いを済ませる為、僕は誰も居ない更衣室の中で手早く着替えを済ませた。
自分の着ていた洋服は、制服と一緒に渡された袋に入れて持って行く。しかし、手続きなしでこんなにもすんなり許してくれるとは……。
この学校の規則……と言うより、学園長は大丈夫なのか。更衣室から出ると、戻って来る最中の少年とグリムが廊下で誰かと話をしていた。
少年達の前に立っていたのは眼鏡を掛けた銀髪の青年。見た目で判断するのは良くないが、如何にもプライドが高く、計算高そうな青年だ。
僕が三人に近付くと、眼鏡の青年はこちらに気付いて話しを止めた。
少年が青年に事情を話し、青年は「なるほど」と営業スマイルを浮かべた。毎度説明してくれる少年、優しい。僕はもう聞き飽きてしまったが。
本来ならば自分で説明するべきだろうけれど、代わりに説明してくれる人がいるならば自分は何もしない。
名前と寮が一致しないので念の為どんな寮か確認で彼に尋ねてみることにした。
眼鏡君の簡単な説明を聞き、“海”と言う単語から組合のラヴクラフトを思い出したので、無意識で「タコ……」と呟くと、眼鏡君は笑顔のままピクッと微妙に顔を引き攣らせる。
彼の反応でもう一つ思い出した。
その、オクタコ……じゃない。オクタ何とか寮にいる生徒は普段人魚だが、薬で人の姿になっている生徒が多いと少年が言っていた。
それも、人魚は人魚でもセイレーンみたいな見た目だけでなく、色んな姿をした人がいるのだとか。
眼鏡君は営業スマイルのままスタスタと去って行く。彼はやはり、“タコの人魚”らしい。
僕は少年の後に着いていき、教室へと向かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!