奏汰side
僕は、小さい頃から他人に対して気を遣うことができた。
空気を読むことができた。
そうやって、自分を押し殺して生きていたら、いつしか僕は「優しい」と言われるようになった。
無理をしている僕にとっては、その言葉は苦痛でしかなかったけれど。
皆、『優しい』を『空気が読める』、『気が使える』だと勘違いしているのだ。
幼い僕の周りには、その認識の間違いを正してくれる大人はいなかった。
僕の母も、『優しい』を勘違いしている中のひとりだ。
あの人がおかしくなった原因は、十中八九親父にあったと思う。
親父は僕が六歳の頃、愛人を作って出ていった。
いわゆる不倫ってやつだ。
幼い僕には、何が起きたのかも理解できなかったが。
それからというもの、母は何かにつけて世間体を気にするようになった。
そして、もともと器量よしだった母は、新しい男を見つけて貢がせた。
僕は、その男の金で生きているのかと考えると吐き気がする。
母の言う『世間体』には、成績も含まれていた。
僕は、母に見捨てられないように一生懸命勉強に食らいついた。
僕の成績が悪かった日には、ヒステリーを起こすから手に負えない。
僕の心は日に日に削られていたに違いない。
そんな僕にさらなる追い打ちをかけたのは、学校生活だった。
中学三年生の時、僕は『幽霊君』と呼ばれ始める。
理由は簡単。
存在感が薄いからだ。
元から親しい友達なんていなかった僕には、さして悲しい出来事というわけでもなかった。
ただ、、、
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!