奏汰side
茜さんと僕が初めて出会ったのは、高校一年生の秋。
僕が本当の『幽霊君』になりかけていたころだった。
もしその時茜さんに出会っていなかったら、、、僕は今頃、周りからの重圧に耐えかねて潰れていたかもしれない。
考えるだけで背筋が冷える。
やっと授業が終わった放課後、僕は屋上にいた。
この高校に入学してから初めて足を踏み入れた場所だ。
中学校では危険だからと授業以外では屋上に入ることができなかった僕にとっては新鮮な感覚だった。
涼しい秋風が僕の少し茶色がかった髪を揺らす。
とても心地よくて、ほっとする。
白と青のペンキで色付けされたコンクリートに鉄でできた柵がくっついているだけの屋上は、安全面の不安が拭いきれないが。
僕は手すりに体重を預け、校庭を見下ろした。
友達と雑談しながら帰る女子。
手を繋いで見つめあうカップル。
、、、所詮『幽霊君』には関係のない話だ。
その時だ。
僕の上の方からだろうか、「きゃあっ!」という声が聞こえてきたのは。
その柔らかい高音から、声の主は明らかに女子だということは僕にも分かった。
僕がとっさに上を向くと、涙目で頭をこすっている女の子の姿が目に入った。
どうやらあの声は転んだ時のものだったようだ。
彼女がいるのは、僕が今足をつけているところよりも、もう五段ほど高い場所。
僕も後で知ったことなのだが、あそこは塔屋というらしい。
梯子がついているそこは、なんとなく秘密基地のような感じがする。
どうやら彼女は眠っていたようで、今度は目をこすっている。
僕の名前を尋ねながら梯子を下ってきた彼女は僕の前に立った。
そう言って笑った彼女――茜さん。
改めて彼女を見ると、とても綺麗だった。
日焼けを知らないほど白い肌と、ころころと変わる表情。
制服のスカート丈が短いところを見ると、彼女は何の悩みもなく青春を謳歌しているのだろう。
僕の対極、対岸にいる人。
少し憎たらしくもあるけど、それ以上に輝いていて、綺麗で、素敵だった。
口調は怒っているけれど、声音も態度も全然そんなことはなくて、むしろ楽しそうにしている茜さん。
本当に不思議な人だ。
突然、思い出したように手を打つ茜さん。
一体どうしたというのだろう。
そう言って、塔屋を指さす茜さん。
なるほど。
それで今回たまたま僕にバレてしまったというわけなんだろう。
でも、彼女が心配しているようなことはおそらく起こらないだろう。
だって、僕には友達がいないから。
、、、僕は『幽霊君』だから。
僕の返答を聞くと花が咲いたように笑う茜さん。
茜さんはずいッと小指を差し出す。
僕も茜さんの勢いに気圧されて小指を出してしまった。
ゆっくりと近づき、そして絡み合う指。
僕たちは約束を交わした。
自信満々に歌い上げる茜さんは無邪気すぎて本当に先輩なのかと疑ってしまう。
大声で恐怖の宣言をする先輩ってどうなんだ、、、。
僕はもしかしたらとんでもない人と契約してしまったのかもしれないと、今更ながらに思った。
謎に細かい茜さん。
彼女の扱い方が少し、分かった気がする。
僕に初めて居場所ができた瞬間だった。
僕は自然に笑えただろうか。
茜さんが何か呟いていたけれど、僕には聞き取れなかった。
心なしか少し顔が赤いような、、、。
これが茜さんと初めて出会った日の出来事である。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!