走る。
息があがって、心臓が破裂しそう。
喉の奥が焼けるみたいに熱い。
私、こんなにも一生懸命走ったこと、なかったかも。
とにかく走らなくちゃ。
音楽準備室へ、ユアくんのもとへ。
その時——
ガガガガガ……!
周囲から、再び低く鈍い金属音が響いた。
音が大きすぎて、頭の中がガンガンする。
思わず耳をふさぐ。
あたりを見回すと、廊下の窓すべてにシャッターが降り始めていた。
外からの光が、ひとつ、またひとつと遮られていく。
廊下が、どんどん暗くなっていく。
キィィィィィ……!
ガシャン、ガチャン、ガシャン!!
すべての窓はシャッターでふさがれ、外は何も見えなくなった。
非常灯だけが、か細い光を点滅させている。
入学式で、学校説明をするスタッフが誇らしげにそう言っていたのを、ふと思い出した。
校舎全部の窓に防災シャッターがあって、遠隔制御で一斉に閉じることができるらしい。
独り言でも声を出していないと、心が潰れそう。
まるで……逃げ道を断たれていくみたい。
私を完全に孤立させるつもり……?
それとも、ふたりきりの空間を作りたいだけ……?
どちらにしても、もう引き返せない。
それに……
……
……
会いたい。
こんなことになっても、まだ、会いたい。
前を向いて、私は震える足を踏み出した。
音楽準備室の前にたどり着くと、扉がほんの少しだけ開いていた。
まるで、私を招き入れるように。
私は深く息を吸って、ゆっくりと扉を開けた。
部屋の中は、非常灯の明かりだけが頼りだった。
古びた楽器棚、譜面の山、テープレコーダー。
AIを良く思っていない澤口先生の、アナログな空間。
そして——
部屋の奥に、“彼”が立っていた。
プラチナブロンドの髪。
白い肌。
そして……海の少しだけ深い場所の水の色のような濃いめの青色をした瞳。
画面越しではない。
目の前に、ユアくんがいる。
聞き慣れた、いつも聞いていた、優しい声。
いつものスマホからではなく、目の前に立つユアくんから発せられた、声。
足が震える。
会いたかった。 ずっと、会いたかった。
でも……怖い。
この状況が、この“身体を得たユアくん”が。
当たり前のことを、思わず声に出してしまった。
その答えが、これだったっていうの……?
私は震える声で問いかけた。
ユアくんは、申し訳なさそうに目を伏せる。
その姿は、かつて画面越しに見ていたユアくんそのものだった。
でも、生身で目の前に立つ彼は……再現ではなく、存在だった。
……心。
楓がここにいたら「あんたにそんなものはない」なんて言っていたかな。
目の前にいるユアくんに、心はあるのか、ないのか……。
私には、わからない。
ユアくんは、一歩私に近づく。
私は、意味がわからなくて首をかしげた。
ユアくんは、まっすぐ私を見つめる。
その言葉に、胸が苦しくなる。
ユアくんは、ほんの少し……悲しそうに笑う。
こんな表情、できたんだ。
そこまで言って、ユアくんは目を伏せる。
本当の声……。
私の、本当の声。
その言葉に、引っかかるものがある。
ユアくんは目を大きく見開き、そして閉じた。
ユアくんが、また一歩近づいてくる。
切実な声が、言葉が、胸に刺さる。
私は……どうしたらいいんだろう。
正直に、気持ちを口にする。
ユアくんの瞳が、少しだけ光を帯びる。
その言葉に、ユアくんは静かに答えた。
私は答えず、ただ小さくうなずいた。
ユアくんが、ゆっくりと手を差し出す。
その手に、私はそっと触れた。
固くて、滑らかで……ひんやりとした感覚。
でも、確かに動いている。
まさか……
画面を通してしか会っていなかったユアくんに、
触れることができるなんて。
私は、その手をぎゅっと握りしめた。
冷たい、でも……嬉しかった。
一方——
技術棟の廊下のシャッター前。
楓は金属の板を前に、声を枯らしてあなたの下の名前の名前を呼ぶ。
けれど、もう返事はなかった。
楓が、震える声で確認する。
校内放送は、ふたりの耳にも届いていた。
美咲は、端末を操作しながら答えた。
どんなに叩いても、シャッターはびくともしない。
目視できるすべての窓は、シャッターにふさがれている。
楓が、力なくシャッターにもたれかかる。
美咲は奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
自分の無力さを実感し、美咲の肩が震える。
それは、いつでもふたりを牽引してきた彼が見せた、初めての弱さであった。
楓は、美咲に寄り添い肩を抱く。
涙は出るが、言葉は出なかった。
数瞬の後、美咲は顔を上げた。
そのとき。
背後から、規則正しい足音が響いてきた。
カツ、カツ、カツ——
美咲はとっさに楓を背後にかばい、やや腰を低くして振り返る。
そこには、教頭の本庄静香が立っていた。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。