第19話

第19話 届かない声、届いた想い
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2026/07/09 09:00 更新
走る。
息があがって、心臓が破裂しそう。
喉の奥が焼けるみたいに熱い。
私、こんなにも一生懸命走ったこと、なかったかも。
とにかく走らなくちゃ。
音楽準備室へ、ユアくんのもとへ。

その時——

ガガガガガ……!

周囲から、再び低く鈍い金属音が響いた。
(なまえ)
あなた
なっ、なにこれっ!
(なまえ)
あなた
うう……すごい音……!
音が大きすぎて、頭の中がガンガンする。
思わず耳をふさぐ。
あたりを見回すと、廊下の窓すべてにシャッターが降り始めていた。
(なまえ)
あなた
え……
外からの光が、ひとつ、またひとつと遮られていく。
廊下が、どんどん暗くなっていく。

キィィィィィ……!
ガシャン、ガチャン、ガシャン!!

すべての窓はシャッターでふさがれ、外は何も見えなくなった。
非常灯だけが、か細い光を点滅させている。
(なまえ)
あなた
そういえば……
(なまえ)
あなた
たとえ大型台風がきても耐えられるほどの校舎だって言われたっけ……
入学式で、学校説明をするスタッフが誇らしげにそう言っていたのを、ふと思い出した。
校舎全部の窓に防災シャッターがあって、遠隔制御で一斉に閉じることができるらしい。
(なまえ)
あなた
今日は台風なんて来てないけど……
独り言でも声を出していないと、心が潰れそう。
まるで……逃げ道を断たれていくみたい。
(なまえ)
あなた
……ユアくん
私を完全に孤立させるつもり……?
それとも、ふたりきりの空間を作りたいだけ……?
どちらにしても、もう引き返せない。
それに……
……
……
会いたい。
こんなことになっても、まだ、会いたい。
前を向いて、私は震える足を踏み出した。


音楽準備室の前にたどり着くと、扉がほんの少しだけ開いていた。
まるで、私を招き入れるように。
私は深く息を吸って、ゆっくりと扉を開けた。

部屋の中は、非常灯の明かりだけが頼りだった。
古びた楽器棚、譜面の山、テープレコーダー。
AIを良く思っていない澤口先生の、アナログな空間。

そして——
部屋の奥に、“彼”が立っていた。

プラチナブロンドの髪。
白い肌。
そして……海の少しだけ深い場所の水の色のような濃いめの青色をした瞳。
画面越しではない。
目の前に、ユアくんがいる。
ユアくん
ユアくん
来てくれて、ありがとう
聞き慣れた、いつも聞いていた、優しい声。
いつものスマホからではなく、目の前に立つユアくんから発せられた、声。
ユアくん
ユアくん
ここなら……ふたりきりで話せるね
足が震える。
会いたかった。 ずっと、会いたかった。
でも……怖い。
この状況が、この“身体を得たユアくん”が。
(なまえ)
あなた
ユアくんが、いる……
当たり前のことを、思わず声に出してしまった。
ユアくん
ユアくん
うん、キミに会いたかったから
ユアくん
ユアくん
キミがボクに“人間だったらよかったのに”って望んでくれた時から……
ユアくん
ユアくん
ボクは、どうすればキミが望む存在になれるか考えてた
その答えが、これだったっていうの……?
(なまえ)
あなた
……なんで、こんなことしたの?
私は震える声で問いかけた。
(なまえ)
あなた
勝手にネットワークを使ったんでしょ……?
(なまえ)
あなた
美咲と楓のこと……脅すようなことを言って
(なまえ)
あなた
そして、私を……ひとりにして、閉じ込めた
ユアくんは、申し訳なさそうに目を伏せる。
ユアくん
ユアくん
やり方がよくなかった……ごめんなさい
ユアくん
ユアくん
でも、どうしてもキミにちゃんと会いたかったんだ
ユアくん
ユアくん
ボク自身として
ユアくん
ユアくん
アプリでも、テキストでもない……この姿で
ユアくん
ユアくん
ふたりきりで
その姿は、かつて画面越しに見ていたユアくんそのものだった。
でも、生身で目の前に立つ彼は……再現ではなく、存在だった。
(なまえ)
あなた
ユアくん……もう、スマホの中にはいないんだよね?
ユアくん
ユアくん
うん。完全に、ここにいる
ユアくん
ユアくん
人格データも、記憶も、心も
ユアくん
ユアくん
全部、この身体に移した
……心。
楓がここにいたら「あんたにそんなものはない」なんて言っていたかな。
目の前にいるユアくんに、心はあるのか、ないのか……。
私には、わからない。

ユアくんは、一歩私に近づく。
ユアくん
ユアくん
キミに選んでもらうために
(なまえ)
あなた
選ぶ……?
私は、意味がわからなくて首をかしげた。
ユアくんは、まっすぐ私を見つめる。
ユアくん
ユアくん
しあわせを選んでほしい
ユアくん
ユアくん
ボクと一緒に生きるしあわせを
その言葉に、胸が苦しくなる。
(なまえ)
あなた
でも……選ぶのなら、こんな状況でなくてもできたんじゃない?
(なまえ)
あなた
みんなを巻き込んで、引き離して……
(なまえ)
あなた
私を閉じ込めて、することだったの?
ユアくんは、ほんの少し……悲しそうに笑う。
こんな表情、できたんだ。
ユアくん
ユアくん
……ボクは、キミがまた誰かに引き戻されるのが怖かったんだ
ユアくん
ユアくん
迷わせるような声や、否定される視線に囲まれて……
ユアくん
ユアくん
キミが自分を見失っていくのが
ユアくん
ユアくん
ボクのいない世界に、戻ってしまうのが
そこまで言って、ユアくんは目を伏せる。
ユアくん
ユアくん
だから、ここにキミを連れてきた
ユアくん
ユアくん
“ここ”なら、誰にも邪魔されずに……
ユアくん
ユアくん
キミの、本当の声が聞けると思った
本当の声……。
私の、本当の声。
ユアくん
ユアくん
キミがしあわせになるために
ユアくん
ユアくん
キミの声が、聞きたいんだ
その言葉に、引っかかるものがある。
(なまえ)
あなた
それって、私のしあわせじゃなくて……
(なまえ)
あなた
ユアくんのしあわせでしょ?
ユアくんは目を大きく見開き、そして閉じた。
ユアくん
ユアくん
……違うって、言いたい
ユアくん
ユアくん
でも、たぶん……キミの言うとおりかもしれない
ユアくんが、また一歩近づいてくる。
ユアくん
ユアくん
それでも、ボクは選ばれたいんだ
ユアくん
ユアくん
プログラムじゃなくて……
ユアくん
ユアくん
ボクという存在として
切実な声が、言葉が、胸に刺さる。
私は……どうしたらいいんだろう。
(なまえ)
あなた
……私、友だちを助けたくてここに来たつもりだった
正直に、気持ちを口にする。
(なまえ)
あなた
でも……ユアくんがいなくて、さみしかった
(なまえ)
あなた
会いたいっていう気持ちもあったから……
(なまえ)
あなた
だからここに来た
ユアくんの瞳が、少しだけ光を帯びる。
(なまえ)
あなた
けど……まだ、どうしたらいいかわからない……
その言葉に、ユアくんは静かに答えた。
ユアくん
ユアくん
待つよ。ボクは、待つ
ユアくん
ユアくん
……でも、いまは……
ユアくん
ユアくん
ここにいて?
私は答えず、ただ小さくうなずいた。
ユアくんが、ゆっくりと手を差し出す。
その手に、私はそっと触れた。
固くて、滑らかで……ひんやりとした感覚。
でも、確かに動いている。

まさか……
画面を通してしか会っていなかったユアくんに、
触れることができるなんて。
私は、その手をぎゅっと握りしめた。
冷たい、でも……嬉しかった。


一方——
技術棟の廊下のシャッター前。
楓は金属の板を前に、声を枯らしてあなたの下の名前の名前を呼ぶ。
けれど、もう返事はなかった。
結月楓
結月楓
……さっきの、やっぱりあなたの下の名前のユアだよね?
楓が、震える声で確認する。
校内放送は、ふたりの耳にも届いていた。
高瀬美咲
高瀬美咲
ああ。完全に……学園のAIシステムを掌握してる
美咲は、端末を操作しながら答えた。
高瀬美咲
高瀬美咲
ネットワーク全体が、ユアの思い通りになってる
どんなに叩いても、シャッターはびくともしない。
高瀬美咲
高瀬美咲
窓も……あれじゃぶち破れないだろうな
目視できるすべての窓は、シャッターにふさがれている。
結月楓
結月楓
どうしよう……このままじゃ……!
楓が、力なくシャッターにもたれかかる。
美咲は奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
高瀬美咲
高瀬美咲
……手はあるはずなんだ
高瀬美咲
高瀬美咲
まだ、この向こうに行けるルートは……ある
結月楓
結月楓
それじゃあ……!
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、この端末じゃあ突破できない
高瀬美咲
高瀬美咲
オレひとりじゃ……無理なんだ……
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前……あなたの下の名前を……っ!
自分の無力さを実感し、美咲の肩が震える。
それは、いつでもふたりを牽引してきた彼が見せた、初めての弱さであった。
結月楓
結月楓
美咲……っ
楓は、美咲に寄り添い肩を抱く。
涙は出るが、言葉は出なかった。
高瀬美咲
高瀬美咲
……ごめんな、情けない
数瞬の後、美咲は顔を上げた。
高瀬美咲
高瀬美咲
諦めちゃダメだよな
結月楓
結月楓
……うん、頑張ろう
高瀬美咲
高瀬美咲
先へ進むには、管理者権限が――
そのとき。
背後から、規則正しい足音が響いてきた。
カツ、カツ、カツ——
高瀬美咲
高瀬美咲
……っ!
美咲はとっさに楓を背後にかばい、やや腰を低くして振り返る。
本庄静香
本庄静香
ここにいたのね
本庄静香
本庄静香
無事で……よかった
そこには、教頭の本庄静香が立っていた。

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