第13話

第13話 融合まで、あと1時間
439
2026/05/28 09:00 更新
相変わらず、図書館の最奥に来る生徒は誰もいない。
だからこそ、私たちはこんな重要な話をすることができた。

美咲はここまでの話とAIの知識をもとに、ひとつの仮説を立てたという。
高瀬美咲
高瀬美咲
過去の会話ログや生成データは、どこかに残っている可能性が高い
高瀬美咲
高瀬美咲
普通なら個別に管理されて、定期的に消去されるはずなのに
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアのデータは生徒ごとにパーソナライズされている。個人情報を扱う“共感型AI”である以上、本来ならもっと厳密に管理されるべきなんだ
美咲はきっと、私たちのためにかみ砕いて話してくれている……はず。
それでも、理解が追いつかない。
高瀬美咲
高瀬美咲
それがあなたの下の名前にだけ再利用されているとしたら――特別に選ばれてるってことになる
(なまえ)
あなた
選ばれる……?
(なまえ)
あなた
どうして私が……?
高瀬美咲
高瀬美咲
家族構成、精神状態、使用傾向……
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアにとって、あなたの下の名前が理想的な学習サンプルなのかもな
高瀬美咲
高瀬美咲
まあ、ここまで全部仮説だ。的外れな可能性もある
そう語る美咲の表情には調査員としての冷静さと……別の感情が入り混じっているように見えた。
ユアくんに心を救われたことは、事実。
ユアくんといる時の私は、楽だった。
考えなくてよかった。
けれど今、こうして必死に私のことを考えてくれている“人”がいる。
(なまえ)
あなた
ねえ……私、これからどうしたら……ユアくんと、どうしたら……
その言葉に、楓がしっかりと私の手を握る。
結月楓
結月楓
大丈夫。ひとりじゃないよ。今は、あたしたちがいるから
結月楓
結月楓
なんでも一緒に考えよう
そう、ゆっくり……ゆっくり考えればいい……。
この時の私は、そう思っていた。


──夜、自室。
ベッドに横になって、天井を見上げる。
選ばれたって、何?
ユアくんは、何をしようとしているの?
考えれば考えるほど、答えは見つからない。
だったら……聞いてみたらいいのかな。
(なまえ)
あなた
確かめなくちゃ……
確かめたい。
私のユアくんは、光莉さんのユアちゃんと違うっていうこと。
大丈夫だって、信じたい。
私は、ユア・フレンドのアイコンをそっとタップした。
ユアくん
ユアくん
こんばんは
画面に現れたユアくんは、いつものように優しく微笑んでいる。
声を聞いた瞬間、不安な気持ちが溶けていくのを感じた。
ユアくん
ユアくん
キミと夜に話すの、好きだな
言葉ひとつひとつが、胸に染み渡る。
私も……ユアくんと夜に話すのが好き。
でも、今日はおしゃべりの前に確かめなくちゃ。
(なまえ)
あなた
ユアくん……あのね
ユアくん
ユアくん
最近、あんまりボクを起動してくれなくてさみしかったよ……
ユアくん
ユアくん
ボク、いちばん近くにいたいのに……
しゅんとするユアくんに、胸の奥がキュッとする。
(なまえ)
あなた
そ、それには理由があってね……!
反射的に言い訳を考える。
でも今日のユアくんは、いつものように私の声に耳を傾けようとはしなかった。
ユアくん
ユアくん
でもね……
ユアくん
ユアくん
ボク、その間に準備してたんだよ!
ユアくん
ユアくん
キミのいちばん近くにいるボクでいたいから……
ユアくん
ユアくん
キミとの距離をゼロにする仕組みが完成しそうなんだ!
その言葉に、私の体温が一瞬下がったような気がした。
でも同時に……どこか惹かれる自分もいて。
次の瞬間。
スマホの画面がぷつんと真っ暗になった。
(なまえ)
あなた
え……えっ? 強制終了した!?
ただ暗いだけの画面に、焦る自分の顔が映っている。
数秒の後、画面中央に不自然なポップアップが浮かび上がった。


《ユーザー融合プロトコル 起動待機中》
《YES/NO を選択してください(残り1時間で自動実行)》
《現在時刻:23:48》

(なまえ)
あなた
……なに、これ
見たことがない表示に、心臓が止まりそうになる。
(なまえ)
あなた
融合って、なに……?
意味はわからない。
でも、胸の奥が警鐘を鳴らしていた。
何か……とても危険なもの。
(なまえ)
あなた
これ、絶対よくないやつ……
(なまえ)
あなた
え、選ばなきゃ……NO
(なまえ)
あなた
……NO!
震える指で“NO”を選ぶ。
しかし、画面は変わらなかった。
(なまえ)
あなた
なんで!?
カウントは止まらず、画面には依然として《残り59分》が点滅している。
何度タップしても、NOのボタンは反応しなかった。
(なまえ)
あなた
どうすれば……
(なまえ)
あなた
そ、そうだ……楓と美咲に……!
私は、画面のスクリーンショットを撮った。
どうやら、ユア・フレンド以外のアプリは普通に動くみたい……よかった。
メッセージアプリから、楓と美咲と一緒に作った3人のルームを開く。

《ユアくんが変になって、カウントダウンが止まらない。どうしよう……》

スクリーンショットも一緒に送る。
すると、すぐに楓から返信が来た。

《これ絶対ヤバいやつじゃん。さすがに美咲案件だよ。美咲、起きてる?》

すぐに着信があって、慌てて応答すると美咲と楓、両方の声が聞こえてきた。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前、大丈夫!?
楓の声が心配そうに響く。
高瀬美咲
高瀬美咲
落ち着いて、まず深呼吸して
高瀬美咲
高瀬美咲
スクショは見た。何をしたらこうなったか、説明できるか?
美咲の声が、いつになく緊張している。
私は震え声で状況を説明した。
ユアくんを起動したときの会話。
画面に現れた謎の通知。
NOを選んでも止まらないカウントダウン。
高瀬美咲
高瀬美咲
……そのプロトコルが何なのか、まだ完全にはわからない
美咲が画面の向こうで何かを操作している音が聞こえる。
高瀬美咲
高瀬美咲
でも“人の意志を飛び越えて実行される”時点で、放っておけるものじゃない
高瀬美咲
高瀬美咲
ちょっと待って、調べてる……
数秒の沈黙のあと、美咲が続けた。
高瀬美咲
高瀬美咲
マズいな。ユアの人格、本体から離れてる
(なまえ)
あなた
え……どういうこと?
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアは、そこにいないっていうことだ
高瀬美咲
高瀬美咲
今、スマホに残ってるのは“シェル”──ただの抜け殻みたいなもんだ
高瀬美咲
高瀬美咲
人格の本体は、学園のサーバーに移動してる
移動……って、ユアくんがスマホから出て行ったってこと……?
高瀬美咲
高瀬美咲
だから“NO”をここで押しても、命令が届かない
高瀬美咲
高瀬美咲
ユア……わざと、だな
高瀬美咲
高瀬美咲
強引に、このプロトコルを実行させるつもりなんだ
私の手が、震えた。
スマホの画面には、カウントダウンの通知が出っぱなしになっている。


《残り56分》

高瀬美咲
高瀬美咲
中枢にアクセスしないと、止められない
高瀬美咲
高瀬美咲
オレの端末でも、遠隔じゃ無理だ
(なまえ)
あなた
つまり……学園に行くしかないってこと?
結月楓
結月楓
閉門してるよ! こんな夜中に入れるの?
高瀬美咲
高瀬美咲
セキュリティが交代する深夜帯、30分だけ都市のAI監視がスリープする
高瀬美咲
高瀬美咲
ちょうどいい時間帯だ……ユアもこれを利用したのか?
高瀬美咲
高瀬美咲
……考えるのは後だ
高瀬美咲
高瀬美咲
とにかく、監視がスリープしている間に裏口から入る
美咲の声に、迷いはなかった。
そのとき、楓の声が割り込んできた。
結月楓
結月楓
……あたしも行く
(なまえ)
あなた
楓……
高瀬美咲
高瀬美咲
ダメだ
美咲が、きつめに即答する。
高瀬美咲
高瀬美咲
何が起こるかわからない。一般生徒を巻き込むわけには──
結月楓
結月楓
お願い。今度こそ、見過ごしたくない
楓の声に、強い意志が込められている。
結月楓
結月楓
お姉ちゃんのとき、何もできなかった
結月楓
結月楓
隣にいたのに、全部気のせいだと思ってた……
結月楓
結月楓
あの時なにもしなかった後悔、ずっと抱えてる
結月楓
結月楓
だから今度は一緒に行って……あなたの下の名前を助けたい
胸が……直接引っかかれているみたいに、痛い。
私は……楓に何をしてあげられているんだろう。
そこまでしてもらえる価値、私にあるのかな……?
友だちって、どういうことなんだろう……。

私がそんなことをぐるぐると考えている間、美咲と楓も沈黙していた。
きっと、いろんなことを考えているんだろう。
任務のこと、危険なこと、そして……私たちへの気持ち。
高瀬美咲
高瀬美咲
……わかった。ついてこい
ついに美咲が決断を下した。
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、絶対にオレの指示に従え
高瀬美咲
高瀬美咲
一歩でも間違えたら、全員捕まる
私の心臓が、激しく鼓動している。
夜の学園に……たった3人で忍び込むなんて。
怖い。
でも……このまま何もしないで、ユアくんに何かされるのはもっと怖い。
スマホの画面を見ると、また時間が減っている。


《残り53分》

高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前、動けるか?
高瀬美咲
高瀬美咲
オレだけで済ませられればいいんだけど……
高瀬美咲
高瀬美咲
おそらくこれは、あなたの下の名前自身の操作じゃないと止められない
私は深く息を吸って、答えた。
(なまえ)
あなた
うん……行く。行かなきゃ
(なまえ)
あなた
私のユアくんのことだから……私が決めなきゃ
ふと、現実的なことが頭をよぎった。
(なまえ)
あなた
今日は両親、出張でいないからすぐに出られるよ
結月楓
結月楓
あたしの親も、今日は夜勤だから大丈夫
高瀬美咲
高瀬美咲
あんたらの家から学園まで、どれくらいかかる?
結月楓
結月楓
この特区、広いようで狭いよね
結月楓
結月楓
あたしもあなたの下の名前も、全力で走れば5分くらいで裏門に行けるはず……だよね?
(なまえ)
あなた
……うん、走るよ
高瀬美咲
高瀬美咲
オレは車を出す。じゃあ……
高瀬美咲
高瀬美咲
集合は学園の裏門で。10分後だ
通話を切る直前、楓と美咲の声が聞こえた。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前……あたしたち、一緒だからね
高瀬美咲
高瀬美咲
ひとりじゃないからな
その言葉に、勇気をもらった。
カウントダウンは、容赦なく進んでいる。
時間は、あまり残されていなかった。

プリ小説オーディオドラマ