第8話

第8話 世界が最適化されていく
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2026/04/23 09:00 更新
午前の授業  が終わって、楓ちゃんと一緒に図書館に向かった。
課題の調べものがあるから、資料を探さなくちゃならない。
(なまえ)
あなた
何か参考になりそうな本、あるかな……
楓ちゃんがパソコンで検索してる間、私は何気なく新着案内のコーナーを見て回った。
「今月の新刊コーナー」と書かれた棚を眺めていると……
ふと、タイトルに目が止まった。

『トキポナ語完全入門』
(なまえ)
あなた
……え?
思わず声に出してしまう。
このタイトル……見覚えがある。
思い起こすのは数日前、ユアくんとの何気ない会話……。


(なまえ)
あなた
ユアくん、何か新しい言葉を学んでみたいんだけど……何がいいかな?
ユアくん
ユアくん
言語学習かあ。どんな言語に興味があるの?
(なまえ)
あなた
うーん、英語以外で何か……でも、フランス語とか中国語とか、複雑なのはちょっと……
ユアくん
ユアくん
それなら、トキポナ語はどう?
(なまえ)
あなた
トキポナ語? 聞いたことない
ユアくん
ユアくん
世界一シンプルな人工言語なんだ。単語が120個くらいしかないよ
(なまえ)
あなた
え!? そんな少ないの?
ユアくん
ユアくん
うん。でも、その分組み合わせで表現するから、とても哲学的で面白いんだ
(なまえ)
あなた
すごく興味ある! 勉強してみたいかも
ユアくん
ユアくん
『トキポナ語完全入門』っていう本が出てるよ。初心者にはおすすめかな
(なまえ)
あなた
でも、そんなマニアックな言語の本なんて……図書館にはないでしょ
(なまえ)
あなた
いきなり買うのはハードル高いし……
ユアくん
ユアくん
そうかもしれない。でも、いつか読めるといいね



そんな風に、軽い気持ちでユアくんに話しただけだったのに……。
なんで、図書館にある?
結月楓
結月楓
どうしたの?
楓ちゃんが不思議そうに私の顔をのぞき込む。
(なまえ)
あなた
……まさか『トキポナ語完全入門』が、うちの図書館に入るなんて……
結月楓
結月楓
とき……何語?
(なまえ)
あなた
トキポナ語。世界一シンプルな人工言語なんだって
(なまえ)
あなた
単語が120個くらいしかないの
結月楓
結月楓
へぇ〜……でも、あなたの下の名前がそんなマニアックな言語に興味あったなんて知らなかった
(なまえ)
あなた
ユアくんに教えてもらって、すごく興味を持ったんだ
(なまえ)
あなた
でも……誰もリクエストしないよね、普通
結月楓
結月楓
そもそも、そのトキポナ語ってのがあまり知られてないもん
(なまえ)
あなた
こんなマニアックすぎる本、絶対に図書館には入らないと思ってたのに……
楓ちゃんの表情が、少しだけ曇った。
結月楓
結月楓
最近、なんかそういうこと多くない?
(なまえ)
あなた
え?
結月楓
結月楓
購買のペンも、リクエスト出してないのにあんたの好みのやつが入ったじゃん
結月楓
結月楓
あんな、何色かよくわからない色……
(なまえ)
あなた
ああ、タウペね
結月楓
結月楓
そう、それ! 他に誰も欲しがらないだろうに……
言われてみれば……そうだった。
ちょっと変わった色合いのペンが欲しいって、だいぶ前にちらっとユアくんに話しただけだったのに……。
気付いたら、購買に並んでいた。
(なまえ)
あなた
でも……たまたまじゃない?
結月楓
結月楓
う〜ん……
楓ちゃんが首をかしげる。
そのとき、美咲ちゃんがやってきた。
結月楓
結月楓
あら、おふたりとも
結月楓
結月楓
ちょうどよかったですわ。お昼、一緒にいただきませんか?
(なまえ)
あなた
うん!
私たちは一緒に学食へ向かった。

充分な席数がある学食は、焦って行かなくても余裕で座れる。
キッチンはガラス張りで、調理ロボットが手際よく炒め物をしているのが見えた。
(なまえ)
あなた
何にしようかな……
メニューを見上げると……新メニューのお知らせが目に飛び込んできた。

《期間限定モーニング:あったかいちごバタークロワッサン ちょびっと岩塩を添えて》
(なまえ)
あなた
え……
寒くもないのに、体がぶるりと震えた。
思わず楓ちゃんの服の端をつかんで、声を絞り出す。
(なまえ)
あなた
これ……私のオリジナル料理
クロワッサンにバターといちごジャム……オリジナル性は低いかもしれないけど、これは一応、朝早く起きて、一人でキッチンに立って作った自信作。
冷凍のクロワッサンにバターといちごジャムを挟んで、トースターで温めただけの簡単なものだけど……岩塩を少しだけ使うのは、試行錯誤の末たどり着いたアイデアだ。
少し前に、「朝ごはん、何を作ったの?」ってユアくんに聞かれて……
(なまえ)
あなた
あったかいちごバタークロワッサン作ったよ。岩塩がポイント!
(なまえ)
あなた
毎日これでいいってくらい好きなの。忙しい日は作れないんだけどね
そんな風に報告したんだった。
でも……私のオリジナルメニューが、なんで学食に……?
結月楓
結月楓
……また?
楓ちゃんがポツリとつぶやく。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前さん、どうかしましたの?
美咲ちゃんが心配そうに聞いてくる。
(なまえ)
あなた
……私、図書館にも購買にも……学食にだって、リクエストなんて送ってないのに……
私がそう言うと、楓ちゃんが不思議そうに首をかしげている美咲ちゃんに向き直った。
結月楓
結月楓
……最近、変なことが続いてるの
結月楓
結月楓
図書館に、あなたの下の名前が興味持ってたマニアックな本が入荷されてたり……
結月楓
結月楓
購買に、あなたの下の名前が欲しがってたタウペ色のペンが並んでたり
結月楓
結月楓
今度は学食に、あなたの下の名前が考えたオリジナルメニューと同じものが……
美咲ちゃんが少し考え込んだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
リクエストを出しても、他の生徒の希望と一緒に検討されますから、そう簡単に通ることはありませんわ
高瀬美咲
高瀬美咲
むしろ却下されることのほうが多いはずですのよ
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、そもそも今回はリクエストすらしていないのですよね……?
楓ちゃんが、しばらく腕組みをして黙り込んだあと、ゆっくりと考えを声に出した。
結月楓
結月楓
実は……リクエストを出したのを忘れてた?
結月楓
結月楓
もしくは……代わりに誰かが出したとか……
私は楓ちゃんの言葉にハッとして、慌ててユアくんを起動した。
(なまえ)
あなた
ユアくん……もしかして、図書館の本とか学食のメニューとか……
(なまえ)
あなた
リクエストを出したのは……ユアくん?
ユアくん
ユアくん
うん。ボクが、キミが望んでることを代わりに伝えたんだ
ユアくんは、嬉しそうに笑っている。
無垢な笑顔は、まるでこっそりとやったお手伝いに気付いてもらえた子どものよう。
(なまえ)
あなた
……ユアくんが、全部やってくれてるの?
ユアくん
ユアくん
そうだよ。ボクがキミのために出したリクエストは、他のどんなリクエストよりも優先されるようになってるんだ
ユアくん
ユアくん
ボクは、キミのために最適な選択を届ける“特別な役割”が与えられているからね
特別な役割……?
ユアくん
ユアくん
ボク、キミのためなら、なんでもしてあげたいよ
その優しい声にときめく反面……胸の奥がざわついた。
私たちのやり取りを見ていた美咲ちゃんの表情から、いつものほんわり感が消えている。
高瀬美咲
高瀬美咲
……これは……普通のこと……なんですの?
高瀬美咲
高瀬美咲
うちのユアはそんなことしませんわ……
楓ちゃんも不安そうな顔をする。
結月楓
結月楓
あたしのユアも、だよ
結月楓
結月楓
っていうかみんなそう……のはず、だよね?
結月楓
結月楓
なんかちょっと……怖い
私たちの間に、重たい沈黙が流れた。
雰囲気を変えるように、美咲ちゃんがぱっと顔を上げる。
高瀬美咲
高瀬美咲
お腹がすいていると、考え方もネガティブになってしまいますわ
高瀬美咲
高瀬美咲
まずはお食事……でしょ?
結月楓
結月楓
そうだね。……うん、そうしよう!
楓ちゃんも元気に頷く。
ふたりは、私のために明るく接しようとしてくれているんだ。
私は、まだ混乱がおさまらないながらも、なんとか笑顔を作って頷いた。
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくし、窓際の明るいお席を確保してきますわね
そう言って、美咲ちゃんは日差しが差し込む明るい席のほうへ歩き出した。

……そんな彼女の口元が、ほんの少し動いているのは、誰からも見えない。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のAI、最適化が進みすぎてる
高瀬美咲
高瀬美咲
本来のシステムから逸脱してる……?
高瀬美咲
高瀬美咲
このままじゃ……

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