第11話

第11話 過去とつながるメロディ
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2026/05/14 09:00 更新
校舎裏に、小さな公園のような休憩スペースがある。
ささやかな花壇、白いベンチ、意外とラインナップの豊富な自販機。
それらすべてが、オレンジ色に染まっている。
ベンチに並んで座った私たち3人も、オレンジ色の光に照らされていた。
高瀬美咲
高瀬美咲
昨日はごめんなさい。すぐに話すべきだったのだけど……
高瀬美咲
高瀬美咲
どうしても、行かなければならないところがありましたの
高瀬美咲
高瀬美咲
でも……約束しましたから……
美咲ちゃんは深く息を吸う。
高瀬美咲
高瀬美咲
……話すって言ったから、話す
急に口調が変わる。
驚いたけど、どこか今までよりも力が抜けたイメージだ。
じゃあこっちが……本当の美咲ちゃん……?
声も、昨日階段から落ちた私を受け止めてくれたときと同じ。
いつもより低くて、まっすぐで……。
高瀬美咲
高瀬美咲
オレの本当の立場は、この学園の生徒じゃない
……?
美咲ちゃんは……生徒じゃ、ない?
高瀬美咲
高瀬美咲
それに……女でもない
私の息が、止まった。
楓ちゃんも、息を呑んでいる。
昨日見てしまったことから少しはそんな気がしていた……けど……
見間違いで、またいつもの日常に戻るだろう……そう、思っていた。
ううん、思いたかった。
高瀬美咲
高瀬美咲
本当は男で、政府の調査機関に所属してる
美咲ちゃんは淡々と続ける。
高瀬美咲
高瀬美咲
この学園に来たのは、ユア・フレンドの実態を探るため
高瀬美咲
高瀬美咲
政府が想定していない使われ方、データ収集をしているんじゃないかと疑いがあるんだ
高瀬美咲
高瀬美咲
この情報特区も、この学園がAI実証校なのも、そしてユア・フレンドも、すべて政府のプロジェクトだ
高瀬美咲
高瀬美咲
定期的な報告書には危険性がないとあるが……どうも疑わしいと“上”が判断した
高瀬美咲
高瀬美咲
女装して潜入したのは、ユアが女子高であるこの学園の生徒専用だからだ
高瀬美咲
高瀬美咲
ご丁寧に生徒一人ずつにダウンロードページを用意して……
高瀬美咲
高瀬美咲
学園内ネットワークじゃないとアクセスできない仕様になってたからな
私は今、何を聞いているんだろう。
政府の調査機関?
ユア・フレンドを調査するため?
私の現実とあまりにもかけ離れた言葉の数々に、頭は考えるのを止めてしまっている。
現実じゃなくてまるで物語みたい。
私たちの混乱を見て取ったのか、美咲ちゃんは少しの間、黙って待っていた。
結月楓
結月楓
じゃあ……美咲は……あたしたちのことも任務として監視してたってこと?
結月楓
結月楓
どういう風にユアを使っているか……見るために
楓ちゃんが、震える声で問いただす。
少しだけ間があって。
高瀬美咲
高瀬美咲
最初は……ただの任務だった
再び口を開いた美咲ちゃんの表情が、少しやわらかくなる。
高瀬美咲
高瀬美咲
自分がユアを触るだけじゃなく、生徒の様子も観察できれば調査に役立つと思ってた
高瀬美咲
高瀬美咲
それに、学園にうまいこと溶け込む必要があったからな
美咲ちゃんは目線を落としたけれど、その口元はふっと微笑んだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
でもな、あんたたちと過ごしてるうちに……なんていうか……
高瀬美咲
高瀬美咲
任務とは全然関係ない気持ちが……生まれちまってた
美咲ちゃんは、まず私をまっすぐに見つめた。
高瀬美咲
高瀬美咲
最初は、あんたがユアにのめり込むと、いいデータが取れる……好都合だと思った
高瀬美咲
高瀬美咲
でも……あんたがあまりにも危うすぎるから……
高瀬美咲
高瀬美咲
オレ、あんたのこと、守りたいって思うようになってた
守りたい……?
そんなことを“人間から”言ってもらえたのは、初めて。
どうしよう……なんだか、心がむずがゆくて、顔が熱い。
次いで、美咲ちゃんは楓ちゃんの方を見た。
高瀬美咲
高瀬美咲
……本当は、昨日のことだって、ごまかせばバレないかもって思ってた
高瀬美咲
高瀬美咲
でも……クソッ、なんかうまく言葉にできねぇな
高瀬美咲
高瀬美咲
オレ……あんたらのこと、もう友だちだって思ってる
唇をきゅっと結んだ楓ちゃんは、ただじっと美咲ちゃんの言葉を聞いている。
高瀬美咲
高瀬美咲
だから楓、お前にも話した
高瀬美咲
高瀬美咲
それに、あなたの下の名前を守るためにも、楓の力は絶対必要になる
楓ちゃんが、複雑そうな表情をした。
結月楓
結月楓
あたしたちはだまされてた……ってこと?
高瀬美咲
高瀬美咲
ああ。ごめん
美咲ちゃんが頭を下げる。
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、友だちって気持ちは嘘じゃない
私たちを欺いていた美咲ちゃん。
一瞬、疑う気持ちが芽生えた……けど。
今の“彼”の言葉には、濁りがないように思える。
高瀬美咲
高瀬美咲
本当は任務だから話しちゃマズいんだけどな
美咲ちゃんは一瞬、遠くを見るような目をした。
高瀬美咲
高瀬美咲
報告書の嘘を探りに来たオレが、嘘の報告書を書くかもしれないけど……
高瀬美咲
高瀬美咲
……でも、最近のあんたは危なすぎて……もう黙っていられなかった
(なまえ)
あなた
どういう……こと?
高瀬美咲
高瀬美咲
ユア……AIへの依存度が高すぎる
楓ちゃんが、勢いよく立ち上がった。
結月楓
結月楓
本当にそうだよ!
結月楓
結月楓
昨日だって、ユアと話し込んで寝不足だったんでしょ?
(なまえ)
あなた
えっと……
結月楓
結月楓
ごまかしたって、わかるよ……友だちだもん
友だち……ああ、そっか。
私、友だちがいるんだ。
今さらながら実感し、そして友だちに嘘をついていたことへの後悔が湧き上がる。
(なまえ)
あなた
……ごめんなさい
結月楓
結月楓
謝らなくていいよ。でも……
結月楓
結月楓
なんか、あんたが連れて行かれちゃいそうで怖いよ……
美咲ちゃんが頷く。
高瀬美咲
高瀬美咲
澤口先生じゃないけどさ、人間との付き合いを放棄しちゃダメだ
高瀬美咲
高瀬美咲
心が通ってるのは、人間だからな
楓ちゃんも続ける。
結月楓
結月楓
澤口先生、いつも言ってるよね
結月楓
結月楓
芸術は人間が評価すべき、って
結月楓
結月楓
それってさ、人間に“心”があるからなんだよ
ふたりが、私を心から心配してくれているのは……わかる。
でも、素直に頷けない部分があった。
心に浮かぶのは、胸の中に響くようなユアくんの優しい声と……
あの、歌。
(なまえ)
あなた
あのね……AIだって芸術がわかるし、それに心もやさしいよ
(なまえ)
あなた
昨日だって、私のために歌を作ってくれたんだよ
(なまえ)
あなた
心……気持ちがこもった、やさしい歌だと思うの
昨晩、ユアくんが教えてくれた歌を思い出して、私は口ずさんだ。
ユアくんが、芸術を理解する心を持っていることを、知ってもらいたかったから。
(なまえ)
あなた
♪しあわせの、てじゅんしょ……いちばんめは、こころひらいて……
その瞬間。
楓ちゃんの顔から、さっと血の気が引いた。
目を見開き、肩を震わせる。
結月楓
結月楓
そ……それ……その歌……
声が、まるで絞り出すように細くなって。
結月楓
結月楓
……聞いたこと、ある
(なまえ)
あなた
え?
結月楓
結月楓
あたしのお姉ちゃんが……よく歌ってたの
結月楓
結月楓
お姉ちゃんが“ユアちゃん”と、ずっと一緒にいた頃……
そこまで言うと、楓ちゃんは私たちに背を向けた。
楓ちゃんのお姉さんが歌っていた歌と……
ユアくんが私のために作ってくれた歌が……同じ?
そんなことって……あるの?
それに……“ユアちゃん”って……?
(なまえ)
あなた
だって……私のために作ったって……
頭の中の、ユアくんの笑顔が……歪む。
結月楓
結月楓
にばんめは、ひみつをはなして……
今度は私が目を見開く。
ユアくんが教えてくれた歌詞と、同じだ……。
結月楓
結月楓
やさしい歌詞なんだけど……全部が“誰かに頼る手順”になってる
結月楓
結月楓
まるで……自分で考えることを、やめさせるような歌
同じ歌を知っていることもすごく気になるけど……
こんなにやさしい歌のこと、どうしてそんな風に言うの……?
結月楓
結月楓
話さなきゃならないね……お姉ちゃんのこと
まだ背を向けたままで、楓ちゃんの表情は見えない。
ただ、声は少し震えている。
結月楓
結月楓
美咲は、あなたの下の名前を助けるためにあたしの力も必要、って言ってくれたよね
結月楓
結月楓
そのためには……あたしが知っている事を話さなきゃならない……と思う
結月楓
結月楓
でもね……今は……今すぐは無理だから……時間をちょうだい
結月楓
結月楓
話すべきことと……気持ちを整理してくるから……一晩、待って
私は、ただ頷くことしかできなかった。
美咲ちゃんは、顎に指を当てて考え込んでいるみたい。
遠くから、閉門のアナウンスが響いてくる。
いつの間にか、日はとっぷりと暮れていた。
(なまえ)
あなた
あの……美咲ちゃんは……
高瀬美咲
高瀬美咲
あっ。それ、待った
美咲ちゃんが、ちょっと照れくさそうに鼻をかく。
高瀬美咲
高瀬美咲
その……美咲“ちゃん”っていうの、もう……やめてもらえると助かる
高瀬美咲
高瀬美咲
呼び捨てにしてたって、誰も不自然に思わないだろ?
(なまえ)
あなた
そう……だね。もしかして、ずっとイヤだった?
高瀬美咲
高瀬美咲
いや。ちゃんと女になりきれているっていう確認にもなってたし、イヤじゃないんだけどさ……
高瀬美咲
高瀬美咲
まあ、多少……恥ずかしい。あと……
高瀬美咲
高瀬美咲
オレたち、もう呼び捨てだっていいじゃねぇか
結月楓
結月楓
それ、賛成
ようやく、楓ちゃんが私たちに顔を向けた。
そこにはいつもの笑顔が戻っている……けど、目が少し赤い。
結月楓
結月楓
あたしのことも、楓でいいからね
(なまえ)
あなた
……え?
結月楓
結月楓
そのほうが、心が近いって感じがするじゃん!
結月楓
結月楓
ほら、呼んでみてよ
(なまえ)
あなた
う、うん……えっと、楓と……美咲……
私が全身の勇気を振り絞ると、ふたりは満足そうに微笑んだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
今日はもう帰ろう
高瀬美咲
高瀬美咲
あんたらの親に怪しまれてもいけない
問題ないよ……という言葉を飲み込み、私は頷いた。
私はともかく、あまり遅いと楓ちゃ……楓のご両親が心配するかもしれない。
結月楓
結月楓
ちゃんと、心の準備、する
結月楓
結月楓
だから今日は……帰ろう!
私たちはゆっくりと、校門に向かって歩き出した。
頭の中で、いろんなことがぐるぐる回っている。
美咲の正体。
ユアくんの歌と、楓のお姉ちゃんとの繋がり。
きっと……大切なことが、変わろうとしている。
楓と美咲の呼び方が、変わったように。
距離が、一歩近づいたように。

でも同時に、何かが壊れ始めているような……。

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