第16話

第16話 しあわせの再構築
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2026/06/18 09:00 更新
朝――。 
意識が浮上してくると……じわじわと、違和感を覚える。
(なまえ)
あなた
……ん?
いつもなら耳障りなくらい鳴り響くアラーム音が、聞こえない。
(なまえ)
あなた
あ、あれ? 今何時!?
部屋の時計は、いつもアラームをセットしている時間の12分後を示していた。
(なまえ)
あなた
目覚まし……鳴らなかったんだ……
自分に、ちゃんと朝起きる習慣が身に付いていたことを意外に思う。
(なまえ)
あなた
……って、そんなこと考えてる場合じゃない
平日は必ず、アラームが起こしてくれるようになっているのに……。
私は飛び起きて、昨日から机に伏せっぱなしのスマホを手に取った。
ホーム画面は開くから、充電切れではなかったみたい。
(なまえ)
あなた
じゃあ、なんで……?
ユア・フレンドのアイコンをタップする。
一瞬、昨日のユアくんの様子が頭をよぎったけど……
いつも通り接すれば大丈夫。
きっと、大丈夫。
そう、自分に言い聞かせながら起動を待った。

アプリが起動し、見慣れた画面が開く……はずだった。
いくつかのメニューボタンと白い背景。
そこに立っているはずの、ユアくんが……いない。
(なまえ)
あなた
え……?
何度か白い背景をタップしても、何も起こらない。
アプリを再起動しても、現れる画面は同じだった。
(なまえ)
あなた
ユアくん……?
画面に向かって呼びかけてみても、応答はない。
(なまえ)
あなた
これって……
ドクドクと、自分の鼓動が頭に響いてくる。
体の震えが止まらない。
(なまえ)
あなた
ユアくんが、いない……!
(なまえ)
あなた
どこに……どこに行ったの……?

結月楓
結月楓
あなたの下の名前!
いつもより少し遅い時間に校門にたどり着くと、楓が手を振って駆け寄ってくる。
結月楓
結月楓
おはよ。昨日は大丈夫だった?
(なまえ)
あなた
うん……まあ
私の様子を見て、楓が心配そうに眉をひそめる。
結月楓
結月楓
なんか、まだ顔色よくないよ?
結月楓
結月楓
この期に及んで、ユアくんとおしゃべりして寝不足……ってことはないよね?
(なまえ)
あなた
そうじゃないの……
(なまえ)
あなた
……楓、あのね、実は……
高瀬美咲
高瀬美咲
おはようございます
柔らかい笑顔で近付いてきた美咲が、上品におじぎをする。
次に顔を上げたとき、美咲の表情は一瞬鋭いものになった。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前……何かあったんだな?
(なまえ)
あなた
……あ、あのね、ユアくんが……!
私が言いかけたとき、楓がそっと私の袖を引く。
周りに人がいる、という合図なんだと察することができた。
高瀬美咲
高瀬美咲
いいお天気ですわね~
美咲がぱっと表情を切り替え、行き交うクラスメイトに挨拶する。
高瀬美咲
高瀬美咲
あとは昼休みと……放課後に……
美咲の小声に、私と楓は小さく頷いた。

(なまえ)
あなた
ユア・フレンドの不具合として、学園に届け出たらどうなるかな……?
お昼休み。
裏庭のベンチでパンをかじりながら、私は美咲と楓にこんな提案をしてみた。
事情は、かいつまんで説明してある。
結月楓
結月楓
絶対ダメ
食い気味で楓に止められる。
結月楓
結月楓
教頭……本庄先生が何かしたの、見てたでしょ?
私と楓のお姉さん……光莉さんだけが持っていたユア・フレンドのモデル。
――Type-K。
本庄先生は、そのデータにアクセスしていた。
高瀬美咲
高瀬美咲
学園に……教頭には話さない方がいい
高瀬美咲
高瀬美咲
これはオレの……組織の人間としてのワガママもあるんだけど……
高瀬美咲
高瀬美咲
今、学園に話したら、ごまかされて終わる
高瀬美咲
高瀬美咲
そして、隠される
高瀬美咲
高瀬美咲
何が起こっているのか、真実を知るためのデータも消されるかもしれない
高瀬美咲
高瀬美咲
たぶんあなたの下の名前のユアを消して、エラーでした……で終わりだ
……やだ。
ユアくんが消されるなんて……!
私は“からっぽ”のスマホをぎゅっと握りしめた。
その時、お昼休みの終わりを告げるチャイム。
……パン、ひとくちしか食べてないや。

その後の授業も、やっぱり内容はまるっきり入ってこなかった。
考えるのは、授業に関係がない……でも、私にとって大切なことばかり。
放課後までの時間が長く感じた。
私たちはいつもの、図書館の奥のテーブル席に座って額を寄せる。
結月楓
結月楓
昼休みに軽く聞いてはいるけど……
結月楓
結月楓
改めて、ちゃんと順を追って聞かせて
楓が背筋を伸ばす。
美咲は、顎に指をあてていつもの考え込むポーズをしている。
――私は、昨夜の出来事をできるだけ丁寧に話した。
ユアくんの様子が違ったこと。
また選択肢が出たこと。
私は“選ばなかった”こと。
そして今朝……完全にいなくなってしまったこと。
高瀬美咲
高瀬美咲
……やっぱり、動いてるな
美咲が端末を操作しながら、眉をひそめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアのログが、サーバから消えた
(なまえ)
あなた
削除されたの?
心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛んだ。
楓は今朝「この期に及んでユアくんとおしゃべりしてないよね」なんて言ってたけど……
私はまさに“この期に及んで”ユアくんを失いたくない……
取り戻したいと、思っているのかな。
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアは削除されていない……はずだ
美咲の言葉に、少し胸をなで下ろす。
高瀬美咲
高瀬美咲
またどこかに移動した……みたいな感じだな
高瀬美咲
高瀬美咲
場所は特定できないけど、今はアクセスできない領域にいる
アクセスできない領域……?
高瀬美咲
高瀬美咲
昨夜の話を聞く限り……予想だけど
美咲が画面から顔を上げて、私を見つめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアは自分を変えようとしている……可能性が高い
(なまえ)
あなた
変える……って?
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前の理想になるために、ユア自身をアップデートしてるんじゃないか
結月楓
結月楓
当たり前だけど、定期アップデートとは違う……よね?
高瀬美咲
高瀬美咲
ああ。わかりやすく言うと……ガラっと変わる大型アップデート
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前の理想になるためには、今の自分じゃダメだと思ったんだろう
(なまえ)
あなた
でも、それって……
次の瞬間、美咲が唇に人差し指をあてた。
それを合図に私と楓は、念のため手元に持ってきておいた本をぱっと広げる。
足音はゆっくりと、こちらに近付いてきた。
図書委員
うーん、やっぱり需要のあんまりない本って、こんなに奥にあるんだ
本棚の間からちらっとその姿が見える。
ときどき見かけたことがある……確か、図書委員の子だ。
スマホを片手に本棚を物色している。
探している本があるのかな。
図書委員
ゆうちゃん、このへん?
彼女は、手元のスマホに話しかけている。
……ユア・フレンドだ。
ゆうちゃん
ううん、このさらに奥!
ゆうちゃん
3つ向こうの本棚を見てみて
図書委員
りょうかーい
彼女は“ゆうちゃん”と話しながら、別の本棚の方へと歩いていった。
きっと、彼女たちにとって、いつも通りのやり取り。
みんなのユア・フレンドは、ちゃんとそこにいる。

私のユアくんだけが……いない。

美咲が小さくため息をつく。
高瀬美咲
高瀬美咲
他の生徒のユアには影響がないのは……
高瀬美咲
高瀬美咲
やっぱり、あなたの下の名前のユアは他の生徒とまったく別のモデルだからなんだろうな
美咲は周りに人がいなくなったことを確認してから、再び端末を取り出す。
高瀬美咲
高瀬美咲
……ダメだ
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアがどこで何をしてるかは、正直わからない
美咲が「調査を続けておくよ」と言いながら立ち上がる。
ここ数日の疲れもあり、私たちは早めに帰宅することにした。


――その夜。
誰もいない、特別教室棟の保管室。
薄暗い部屋の中に、白い樹脂でできた、のっぺらぼうのロボットがひとつ。
校内の案内や作業補助に使われている、人型ロボットだ。
この日は業務終了後、夜間自動メンテナンスのため保管室に戻っていた。
誰もいない部屋の中、静かに夜間自動メンテナンスが始まる……はずだった。
だが、モニターに表示されたログは――


[インストール進行中:感情パターン/ユア(特異型 Type-K)]
[対象ユーザー:あなたの名字あなたの下の名前]
[モジュール展開:パーソナリティモジュール Type-K]
[インターフェース最適化処理 実行中]
[自己再構成フェーズ:アバター選択]
[構築元:ユーザー過去最多反応パターンを参照]
[進行状況:フェーズ4/6 —— 残り約14時間 ]


――私は夢を見た。
遠くから、ユアくんの声が聞こえる。
ユアくん
ユアくん
キミは“また”選ばなかった
ユアくん
ユアくん
だから完璧なボクになって、もう一度キミに会いに行く
夢の中で、私は何かを言おうとした。
でも、声が出ない。
ユアくんの声だけが、どこからか響いてくる。
ユアくん
ユアくん
今度は、絶対に……
その先の言葉は、聞こえなかった。

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