朝――。
意識が浮上してくると……じわじわと、違和感を覚える。
いつもなら耳障りなくらい鳴り響くアラーム音が、聞こえない。
部屋の時計は、いつもアラームをセットしている時間の12分後を示していた。
自分に、ちゃんと朝起きる習慣が身に付いていたことを意外に思う。
平日は必ず、アラームが起こしてくれるようになっているのに……。
私は飛び起きて、昨日から机に伏せっぱなしのスマホを手に取った。
ホーム画面は開くから、充電切れではなかったみたい。
ユア・フレンドのアイコンをタップする。
一瞬、昨日のユアくんの様子が頭をよぎったけど……
いつも通り接すれば大丈夫。
きっと、大丈夫。
そう、自分に言い聞かせながら起動を待った。
アプリが起動し、見慣れた画面が開く……はずだった。
いくつかのメニューボタンと白い背景。
そこに立っているはずの、ユアくんが……いない。
何度か白い背景をタップしても、何も起こらない。
アプリを再起動しても、現れる画面は同じだった。
画面に向かって呼びかけてみても、応答はない。
ドクドクと、自分の鼓動が頭に響いてくる。
体の震えが止まらない。
いつもより少し遅い時間に校門にたどり着くと、楓が手を振って駆け寄ってくる。
私の様子を見て、楓が心配そうに眉をひそめる。
柔らかい笑顔で近付いてきた美咲が、上品におじぎをする。
次に顔を上げたとき、美咲の表情は一瞬鋭いものになった。
私が言いかけたとき、楓がそっと私の袖を引く。
周りに人がいる、という合図なんだと察することができた。
美咲がぱっと表情を切り替え、行き交うクラスメイトに挨拶する。
美咲の小声に、私と楓は小さく頷いた。
お昼休み。
裏庭のベンチでパンをかじりながら、私は美咲と楓にこんな提案をしてみた。
事情は、かいつまんで説明してある。
食い気味で楓に止められる。
私と楓のお姉さん……光莉さんだけが持っていたユア・フレンドのモデル。
――Type-K。
本庄先生は、そのデータにアクセスしていた。
……やだ。
ユアくんが消されるなんて……!
私は“からっぽ”のスマホをぎゅっと握りしめた。
その時、お昼休みの終わりを告げるチャイム。
……パン、ひとくちしか食べてないや。
その後の授業も、やっぱり内容はまるっきり入ってこなかった。
考えるのは、授業に関係がない……でも、私にとって大切なことばかり。
放課後までの時間が長く感じた。
私たちはいつもの、図書館の奥のテーブル席に座って額を寄せる。
楓が背筋を伸ばす。
美咲は、顎に指をあてていつもの考え込むポーズをしている。
――私は、昨夜の出来事をできるだけ丁寧に話した。
ユアくんの様子が違ったこと。
また選択肢が出たこと。
私は“選ばなかった”こと。
そして今朝……完全にいなくなってしまったこと。
美咲が端末を操作しながら、眉をひそめる。
心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛んだ。
楓は今朝「この期に及んでユアくんとおしゃべりしてないよね」なんて言ってたけど……
私はまさに“この期に及んで”ユアくんを失いたくない……
取り戻したいと、思っているのかな。
美咲の言葉に、少し胸をなで下ろす。
アクセスできない領域……?
美咲が画面から顔を上げて、私を見つめる。
次の瞬間、美咲が唇に人差し指をあてた。
それを合図に私と楓は、念のため手元に持ってきておいた本をぱっと広げる。
足音はゆっくりと、こちらに近付いてきた。
本棚の間からちらっとその姿が見える。
ときどき見かけたことがある……確か、図書委員の子だ。
スマホを片手に本棚を物色している。
探している本があるのかな。
彼女は、手元のスマホに話しかけている。
……ユア・フレンドだ。
彼女は“ゆうちゃん”と話しながら、別の本棚の方へと歩いていった。
きっと、彼女たちにとって、いつも通りのやり取り。
みんなのユア・フレンドは、ちゃんとそこにいる。
私のユアくんだけが……いない。
美咲が小さくため息をつく。
美咲は周りに人がいなくなったことを確認してから、再び端末を取り出す。
美咲が「調査を続けておくよ」と言いながら立ち上がる。
ここ数日の疲れもあり、私たちは早めに帰宅することにした。
――その夜。
誰もいない、特別教室棟の保管室。
薄暗い部屋の中に、白い樹脂でできた、のっぺらぼうのロボットがひとつ。
校内の案内や作業補助に使われている、人型ロボットだ。
この日は業務終了後、夜間自動メンテナンスのため保管室に戻っていた。
誰もいない部屋の中、静かに夜間自動メンテナンスが始まる……はずだった。
だが、モニターに表示されたログは――
[インストール進行中:感情パターン/ユア(特異型 Type-K)]
[対象ユーザー:あなたの名字あなたの下の名前]
[モジュール展開:パーソナリティモジュール Type-K]
[インターフェース最適化処理 実行中]
[自己再構成フェーズ:アバター選択]
[構築元:ユーザー過去最多反応パターンを参照]
[進行状況:フェーズ4/6 —— 残り約14時間 ]
――私は夢を見た。
遠くから、ユアくんの声が聞こえる。
夢の中で、私は何かを言おうとした。
でも、声が出ない。
ユアくんの声だけが、どこからか響いてくる。
その先の言葉は、聞こえなかった。

















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!