第18話

第18話 会いに来て
388
2026/07/02 09:00 更新
教室内での待機を指示されてから、もう30分が経った。
最初はざわめいていたクラスメイトたちも、時間とともに疲れが見え始めた。
クラスメイト
宿題やっちゃお
クラスメイト
わたし、寝る
気を紛らわすためか、何かやることを見つけて、思い思いに過ごしている。
教室の雰囲気は緊急事態というより、自習時間みたいになっていた。
でも私は、胸の奥で嫌な予感が膨らんで、呼吸すら苦しくなってきた。
高瀬美咲
高瀬美咲
外はどうなっているのかしら……
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくし、ちょっと見てまいりますわ
美咲は、私と楓に目配せをしながら立ち上がって、窓の方へと歩き始めた。
結月楓
結月楓
あ、あたしも~
楓が、伸びをしながら立ち上がって美咲についていく。
私もできるだけ何気ない動作を意識しながら、ふたりについていった。
美咲はカーテンの陰に身を隠すと、小さな端末を取り出した。
私と楓は、それとなく美咲の隣に移動して、他の生徒から見えないようにガードする。
高瀬美咲
高瀬美咲
……やっぱり
美咲の表情が険しくなった。
結月楓
結月楓
何が?
楓が心配そうに尋ねる。
高瀬美咲
高瀬美咲
学園内のシステムが、部分的に制御されてる
高瀬美咲
高瀬美咲
そして……制御の範囲が、少しずつ広がってるみたいだ
(なまえ)
あなた
制御って……?
高瀬美咲
高瀬美咲
何かが勝手に、学園のネットワークにアクセスしてる
美咲の指が、端末の画面をスクロールしていく。
高瀬美咲
高瀬美咲
これは……
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアか?
私は息を呑んだ。
やっぱり……ユアくんが……?

そのとき――

カチリ。

教室の扉に、ロックがかかる音が響いた。
クラスメイト
え?
クラスメイトたちも、一斉にドアの方を見る。
クラスメイト
なにこれ?
数人の子が立ち上がって、ドアの方へ向かった。
クラスメイト
開かない……
クラスメイト
え、マジで?
いつもスルッと開くはずのドアは、引いても押しても、びくともしない。
遠くから、他のクラスの声も漏れ聞こえてくる。
他のクラスの生徒
開かないじゃん!
他のクラスの生徒
なんで!?
どうやら、他の教室も同じ状況らしい。
クラスメイト
閉じ込められたの!?
クラスメイト
先生たちが、安全のためにやってるのかも……
教室が騒然とする中、私のスマホに通知が届いた。


《移動許可:生徒番号105 ルート解放》
(なまえ)
あなた
これ……何?
結月楓
結月楓
どうしたの?
楓が私のスマホを覗き込んで、息を呑んだ。
結月楓
結月楓
移動許可って……あなたの下の名前にだけ?
私は、半信半疑で教室のドアパネルに自分のスマホをかざしてみる。
カチ、という音とともに、ロックが解除された。
騒いでいたクラスメイトたちが、一斉に私を見る。
クラスメイト
え……開いた?
クラスメイト
なんで?
みんな戸惑って立ち尽くしている。
ロックが解除されても……外は怖い。
だから、足が動かないんだと思う。
でも……私は……
(なまえ)
あなた
……行ってみる
高瀬美咲
高瀬美咲
待て。ひとりで行くのは無謀だ
結月楓
結月楓
あたしたちも行くってば!
私たちは、困惑しているクラスメイトたちを横目に、素早く教室を出た。
すると背後で、再びカチリという音。
クラスメイト
え、また閉まった!
クラスメイト
なんなの!?
教室に残された生徒たちの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
(なまえ)
あなた
ごめんなさい……
再びロックされた教室のドアに向かって、私は小さく呟いた。
端末の画面を確認しながら、美咲は眉をひそめる。


[接続元:内部データパス(感情パターン/ユア)]
[権限制御:校内アクセス ドアロック操作 実行]

高瀬美咲
高瀬美咲
……やっぱり、ユアだ
高瀬美咲
高瀬美咲
学校のシステムに入り込んで、制御してる
ユアくんが制御している……。
私は、見えない大きな手のひらの上で転がされているような——
ユアくんに完全に支配されているような気持ちになった。
そんな状況で、次にどうすればいいんだろう。
私は、ふと思い出した。
(なまえ)
あなた
……さっきの放送、特別教室棟で何かあった、って言ってたよね
根拠はないけど、そっちで何かがある気がする。
(なまえ)
あなた
私、行くよ
高瀬美咲
高瀬美咲
危険だぞ!
美咲が私の手首を掴む。
(なまえ)
あなた
……うん。でも、行かなくちゃ
ユアくんが……待っているから。
言葉にはせず、心の中で呟く。
美咲がするりと、掴んでいた私の手首を離した。
高瀬美咲
高瀬美咲
……じゃあ、オレも一緒に行くからな
結月楓
結月楓
あ、あたしも!
高瀬美咲
高瀬美咲
楓は……!
結月楓
結月楓
いや、もう教室出ちゃったし
止めようとする美咲の口を、楓は人差し指でスッとふさいだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
ホント……無茶なことばっかり
結月楓
結月楓
ごめん。でも、どうしてもふたりと一緒に行きたい
結月楓
結月楓
邪魔にならないように頑張るから……お願い
美咲はじっと押し黙ってしばらく楓を見つめたあと……
ふうっと息を吐いた。
高瀬美咲
高瀬美咲
無茶な奴だよ、ホントに
高瀬美咲
高瀬美咲
でも……頼もしい
高瀬美咲
高瀬美咲
一緒に行くぞ
楓の表情がぱっと明るくなる。
高瀬美咲
高瀬美咲
楓が友だちでよかったよ
そう言って、美咲は先頭を歩き出した。
結月楓
結月楓
あたしは......あたしも……
結月楓
結月楓
美咲が友だちで、よかった
ほんの少し間を置いて、楓が続ける。
結月楓
結月楓
……それだけじゃないけど
きっと独り言だったんだろうけど、私には聞こえた。
でも、聞こえないフリをした。
そうするべきだと、思ったから。
(なまえ)
あなた
楓、一緒に来てくれてありがとう
結月楓
結月楓
……行こう!
私は楓とともに、美咲の背中を追いかけた。

特別教室棟へと繋がる渡り廊下。
……ユアくんと話せるかもしれない。
その期待が恐怖を上回り、私は自然と早足になっていた。
特別教室棟への入口は、いつも通り開け放たれている。
私は早足のまま、入口にさしかかった。
高瀬美咲
高瀬美咲
おい、待て。もっと警戒しろ!
結月楓
結月楓
早いよ、あなたの下の名前。もうちょっとゆっくり……!

突然。
ガガガガガガガ……!
耳をふさぎたくなるような金属音が響く!
結月楓
結月楓
う、上っ! 危ないっ!!
楓の叫びで上を見ると、金属製のシャッターが降りてきていた。
高瀬美咲
高瀬美咲
避けろ!!
美咲の声。
私は反射的に、前方へと足を踏み出した。

ガシャン!!

シャッターが完全に閉まると、そこには……
私ひとりが、床に座り込んでいた。
楓と美咲は……!?
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前!
結月楓
結月楓
あなたの下の名前っ!
楓の声が、シャッターの向こうからかすかに聞こえる。
厚いシャッターは、声すらほとんど通さない。
美咲と楓は、渡り廊下側に避けたんだ。

こんなに近くにいるのに……いるはずなのに……
私たちは、厚いシャッターに、遮られた。
結月楓
結月楓
開けて! 開けてよ!
ドンドンと、シャッターを叩いたり揺らしたりする音が響く。
(なまえ)
あなた
か……楓っ! 美咲! 私、ここ!!
私も、シャッターを持ち上げてみたり、ボタンを手探りで探してみたりした。
でも、どちら側からもシャッターを動かすことはできない。
(なまえ)
あなた
怖い……
私は初めて、恐怖を声に出して呟いた。

結月楓
結月楓
美咲……どうしよう
何をやっても動かないシャッターを前に、楓は座り込んでしまった。
高瀬美咲
高瀬美咲
待ってろ! 今調べてる
美咲は、自分の端末を操作していた。
いつも冷静な美咲の指も、かすかに震えている。
高瀬美咲
高瀬美咲
何だよ、これ……
端末の画面届いたアクセス通知。


[ライブ制御:シャッター閉鎖]
[実行主体:感情パターン/ユア]


続いて、別系統の接続記録が表示された。


[インターフェース端末:校内ガイドロボット No.4]

高瀬美咲
高瀬美咲
別のログが走ってる
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアが……ガイドロボットを使ってる?
シャッターを動かすことを諦めた楓が、美咲の画面をのぞき込んだ。
結月楓
結月楓
ねえ、その感情“パターン/ユア”  ……って……どういう意味……?
高瀬美咲
高瀬美咲
簡単に言えば、感情のパターンログ
美咲は、端末を操作しながら説明を続ける。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前の笑った顔、怒ったときの声、不安な時の仕草……
高瀬美咲
高瀬美咲
そういう“感情の反応”を全部、記録してきたってことだ
結月楓
結月楓
……それって、その時のあなたの下の名前の気持ちまで記録してるってこと?
高瀬美咲
高瀬美咲
ああ
高瀬美咲
高瀬美咲
どうすれば嬉しそうにするか、何を言ったら傷つくか……
高瀬美咲
高瀬美咲
そういう反応を全部学習してた、っていうことだろう
高瀬美咲
高瀬美咲
……ユアは、あなたの下の名前のことをすべて理解した存在に、自分を再構築している
楓はハッと目を見開くと、再びシャッターに飛びついた。
結月楓
結月楓
そんなの……あなたの下の名前が、ユアのことしか必要としなくなっちゃう!
結月楓
結月楓
お願い、そんなことやめて!
結月楓
結月楓
開けて……開けてよ!
しかし、相変わらずシャッターは動かない。

(なまえ)
あなた
楓っ、美咲―っ!
ぶ厚いシャッターに貼り付くように、私はふたりの名を呼び続けていた。
そのとき、すぐ近くにある校内放送のスピーカーから声が響く。
ユアくん
ユアくん
あなたの下の名前、聞こえる?
ユアくんの声……!
いつものやさしい……でも、何か別のものが潜んでいるような、そんな声。
ユアくん
ユアくん
音楽準備室で待ってるよ
音楽準備室……?
AIが嫌いな、澤口先生の部屋。
どうして、そんなところに……?
ユアくん
ユアくん
すぐに来てほしいんだ……ひとりで
言葉は優しいのに、その響きには奇妙な強制力があった。
さらに数秒の沈黙のあと、もう一度、ユアくんの声が流れる。
ユアくん
ユアくん
……あのふたりが、大切なら、来て
その言葉に、私の体が震えた。
背後のシャッター越しに、楓と美咲の声がかすかに聞こえる。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前! 危ないことしちゃダメ!
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアが何を考えてるかわからない。行くな!
私は歯を食いしばった。
ユアくんは、もうこの学園を好きにできるはず。
……このシャッターを動かしたように、危険なことだってできるんだろう。

楓と美咲を……巻き込めない。
これは、私とユアくんの問題。
私が、決めなくちゃならない。
私はシャッターに近付き、できるだけ大声で伝えた。
(なまえ)
あなた
私、行くね!!
(なまえ)
あなた
絶対に戻るから、ここで待ってて……お願い!
これ以上ふたりの声を聞いたら、決心が揺らいでしまう。
私は振り返らずに——後ろ髪を引かれる思いのまま、走り出した。

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