教室内での待機を指示されてから、もう30分が経った。
最初はざわめいていたクラスメイトたちも、時間とともに疲れが見え始めた。
気を紛らわすためか、何かやることを見つけて、思い思いに過ごしている。
教室の雰囲気は緊急事態というより、自習時間みたいになっていた。
でも私は、胸の奥で嫌な予感が膨らんで、呼吸すら苦しくなってきた。
美咲は、私と楓に目配せをしながら立ち上がって、窓の方へと歩き始めた。
楓が、伸びをしながら立ち上がって美咲についていく。
私もできるだけ何気ない動作を意識しながら、ふたりについていった。
美咲はカーテンの陰に身を隠すと、小さな端末を取り出した。
私と楓は、それとなく美咲の隣に移動して、他の生徒から見えないようにガードする。
美咲の表情が険しくなった。
楓が心配そうに尋ねる。
美咲の指が、端末の画面をスクロールしていく。
私は息を呑んだ。
やっぱり……ユアくんが……?
そのとき――
カチリ。
教室の扉に、ロックがかかる音が響いた。
クラスメイトたちも、一斉にドアの方を見る。
数人の子が立ち上がって、ドアの方へ向かった。
いつもスルッと開くはずのドアは、引いても押しても、びくともしない。
遠くから、他のクラスの声も漏れ聞こえてくる。
どうやら、他の教室も同じ状況らしい。
教室が騒然とする中、私のスマホに通知が届いた。
《移動許可:生徒番号105 ルート解放》
楓が私のスマホを覗き込んで、息を呑んだ。
私は、半信半疑で教室のドアパネルに自分のスマホをかざしてみる。
カチ、という音とともに、ロックが解除された。
騒いでいたクラスメイトたちが、一斉に私を見る。
みんな戸惑って立ち尽くしている。
ロックが解除されても……外は怖い。
だから、足が動かないんだと思う。
でも……私は……
私たちは、困惑しているクラスメイトたちを横目に、素早く教室を出た。
すると背後で、再びカチリという音。
教室に残された生徒たちの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
再びロックされた教室のドアに向かって、私は小さく呟いた。
端末の画面を確認しながら、美咲は眉をひそめる。
[接続元:内部データパス(感情パターン/ユア)]
[権限制御:校内アクセス ドアロック操作 実行]
ユアくんが制御している……。
私は、見えない大きな手のひらの上で転がされているような——
ユアくんに完全に支配されているような気持ちになった。
そんな状況で、次にどうすればいいんだろう。
私は、ふと思い出した。
根拠はないけど、そっちで何かがある気がする。
美咲が私の手首を掴む。
ユアくんが……待っているから。
言葉にはせず、心の中で呟く。
美咲がするりと、掴んでいた私の手首を離した。
止めようとする美咲の口を、楓は人差し指でスッとふさいだ。
美咲はじっと押し黙ってしばらく楓を見つめたあと……
ふうっと息を吐いた。
楓の表情がぱっと明るくなる。
そう言って、美咲は先頭を歩き出した。
ほんの少し間を置いて、楓が続ける。
きっと独り言だったんだろうけど、私には聞こえた。
でも、聞こえないフリをした。
そうするべきだと、思ったから。
私は楓とともに、美咲の背中を追いかけた。
特別教室棟へと繋がる渡り廊下。
……ユアくんと話せるかもしれない。
その期待が恐怖を上回り、私は自然と早足になっていた。
特別教室棟への入口は、いつも通り開け放たれている。
私は早足のまま、入口にさしかかった。
突然。
ガガガガガガガ……!
耳をふさぎたくなるような金属音が響く!
楓の叫びで上を見ると、金属製のシャッターが降りてきていた。
美咲の声。
私は反射的に、前方へと足を踏み出した。
ガシャン!!
シャッターが完全に閉まると、そこには……
私ひとりが、床に座り込んでいた。
楓と美咲は……!?
楓の声が、シャッターの向こうからかすかに聞こえる。
厚いシャッターは、声すらほとんど通さない。
美咲と楓は、渡り廊下側に避けたんだ。
こんなに近くにいるのに……いるはずなのに……
私たちは、厚いシャッターに、遮られた。
ドンドンと、シャッターを叩いたり揺らしたりする音が響く。
私も、シャッターを持ち上げてみたり、ボタンを手探りで探してみたりした。
でも、どちら側からもシャッターを動かすことはできない。
私は初めて、恐怖を声に出して呟いた。
何をやっても動かないシャッターを前に、楓は座り込んでしまった。
美咲は、自分の端末を操作していた。
いつも冷静な美咲の指も、かすかに震えている。
端末の画面届いたアクセス通知。
[ライブ制御:シャッター閉鎖]
[実行主体:感情パターン/ユア]
続いて、別系統の接続記録が表示された。
[インターフェース端末:校内ガイドロボット No.4]
シャッターを動かすことを諦めた楓が、美咲の画面をのぞき込んだ。
美咲は、端末を操作しながら説明を続ける。
楓はハッと目を見開くと、再びシャッターに飛びついた。
しかし、相変わらずシャッターは動かない。
ぶ厚いシャッターに貼り付くように、私はふたりの名を呼び続けていた。
そのとき、すぐ近くにある校内放送のスピーカーから声が響く。
ユアくんの声……!
いつものやさしい……でも、何か別のものが潜んでいるような、そんな声。
音楽準備室……?
AIが嫌いな、澤口先生の部屋。
どうして、そんなところに……?
言葉は優しいのに、その響きには奇妙な強制力があった。
さらに数秒の沈黙のあと、もう一度、ユアくんの声が流れる。
その言葉に、私の体が震えた。
背後のシャッター越しに、楓と美咲の声がかすかに聞こえる。
私は歯を食いしばった。
ユアくんは、もうこの学園を好きにできるはず。
……このシャッターを動かしたように、危険なことだってできるんだろう。
楓と美咲を……巻き込めない。
これは、私とユアくんの問題。
私が、決めなくちゃならない。
私はシャッターに近付き、できるだけ大声で伝えた。
これ以上ふたりの声を聞いたら、決心が揺らいでしまう。
私は振り返らずに——後ろ髪を引かれる思いのまま、走り出した。

















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。