朝の教室。
相変わらず、スマホにユアくんは戻っていない。
楓は「あんなの、あなたの下の名前の側にないほうがいいよ」って言ってるけど……
正直、私は……ユアくんに会いたい。
ユアくんのいない空っぽのスマホをじっと見つめていると、
いつものように校内放送のチャイムが鳴った。
授業開始の五分前を知らせる合図だ。
このあと、AIの自動音声による朝の放送が流れる――はずだった。
思わず息を呑む。
放送の声が、いつもと違う。
この声は……!
ずっと聞きたかった……!
放送が終わると、クラスのみんなが顔を見合わせている。
教室は一瞬ざわめいたけど……
ということで片付き、すぐに落ち着きを取り戻した。
……私以外は。
確かに、ユアくんの声が聞きたいと望んでいたけど……
こんな形は望んでいない。
じわじわと、嫌な予感が広がってくる。
楓が心配そうに私を見つめる。
説明の言葉が出ない。
美咲も振り返って、私の様子を確認した。
私の様子を見るふりをして、耳元で囁いた。
小声で問いかける美咲に、私は小さく頷いた。
楓も頷く。
私は、今すぐ何か話したい気持ちをぐっと飲み込み、頷き返した。
4限目、国語の授業が終わる直前。
突然、校内放送が入った。
緊急を意味するアラームのあと、AIではなく人間の声によるアナウンスが響く。
たどたどしく、時々噛みながらの放送。
聞いた誰もが、ただごとではないとわかる。
教室内に緊張が走った。
誰かが冗談めかして笑ったけれど、その声にも不安が滲んでいる。
島田先生が勢いよく教室のドアを開けて入ってきた。
島田先生は私たちに指示を出すと、国語の先生を伴って教室を飛び出していった。
側に来てくれたふたりの名前を、呼ぶことしかできない……。
どうしよう、どうしよう……。
抑えても抑えても湧き上がってくる、嫌な予感。
いなくなったユアくん、今朝の放送、そして……AI設備の異常。
……これは、もしかして……
ユアくんが関係してる……?
もし、そうだとしたら……
どうしよう……どうすればいいんだろう……。
これはもう、私とユアくんだけの問題じゃない。
光莉さん、本庄先生、美咲とその組織……そして学園全体。
もしかしたら、この白鷺エリア全体を巻き込むことになってしまうのかもしれない。
美咲はときどき、まるで私の心の中を覗いているみたいに言う。
今度も、私が何か言う前に先回りして、励ましの言葉をくれた。
不安で堅くなっていた心が、ほんの少し温かみを取り戻す。
そう言って楓は私の口に、チョコをひとつ放り込んだ。
口の中に広がる強い甘味は、本当にエネルギーのように染み渡る。
助けてくれる人が側にいるのって、こんなにも心強いんだ。
このふたりが一緒なら、次に何が起こってもきっと大丈夫。
だから……覚悟だけして、このあとの出来事を、待とう。
──同じ頃、職員室の一角。
本庄教頭は校内監視カメラのモニターを見つめていた。
画面には、特別教室棟の廊下をゆっくりと歩く、白い人型ロボットの姿。
顔のない、無機質なボディ。
それが、まるで意志を持ったかのように歩いている。
AI機器担当の学園スタッフが、恐る恐るといった様子で声をかけた。
本庄教頭の表情が険しくなる。
緊急時マニュアルに従い、他の教師やスタッフが集まってくる。
普段は音楽準備室から出ない澤口教諭も、さすがに顔を出さないわけにはいかなかったようだ。
不機嫌さを隠そうともせず、モニターを睨み付けている。
1-Aから、島田教諭も少し息を切らせて走ってきた。
本庄教頭は集まった関係者を見回し、改めて状況を説明した。
集まった教師やスタッフの間に、緊張が走る。
AI実証校に選ばれたときから、他校にはない多くのマニュアルに対処してきたが、こんな事態への対処法は、どこにも示されていない。
誰もが、想定外だった。
島田教諭が、たまらずといった様子で割って入る。
本庄教頭が、モニターを見つめたまま答える。
第三者からは、苦い顔の澤口教諭から目をそらしているようにも見えた。
島田教諭の顔が青ざめる。
彼は、そこまでAIに明るくない。
正直、現在の仕組みについていくのがやっとであった。
“AIが自分たちに代わって教壇に立つ”
あまりにも飛躍した話のようで、すんなりと受け入れられることではなかった。
スタッフが、端末を操作しながら呟く。
緊急停止の信号は繰り返し送っているが、ロボットは受け入れていない。
本庄教頭も、自分の端末を操作している。
本庄教頭の視線が、ログ画面の一部で点滅するファイル名に釘付けになる。
[アクセス発信元:内部データパス(感情パターン/ユア)]
[モジュール情報:Type-K 再構成ログ適用済]
[安全管理システム:緊急停止シグナル=拒否(優先権限:Type-K) ]
本庄教頭が小さくつぶやいた声は、誰の耳にも届かなかった。
モニターの中では、白いロボットの全身に細かな光の粒が次第に広がっていく。
スタッフが不安そうに画面を見つめる。
この挙動そのものは、学園のスタッフであれば見慣れたものだ。
人型プレーンロボットは、ガイドロボットや教師のアシスタントなど、
使用時の役割に応じたアバターが投影される仕組みになっている。
空間投影技術も駆使し、本体からはみ出る衣服や髪の毛すら描写する最新型だ。
最初は輪郭がぼやけ、霧のようなオーラが全身を包み込む。
やがて、髪型・顔立ち・体格・服装のシルエットが鮮やかに投影されていく。
そして……表情。
スタッフの声が震える。
目の周囲が最後に描かれ、ゆっくりと瞳が光を帯びる。
スタッフは、もはや停止信号を送ることも、データの追跡も、諦めていた。
ただ……モニターの向こうで起こっている出来事を、見つめるだけ。
彼女だけではない。
その場にいる全員が、同じだった。
モニターの中では、ついに完成した姿が立ち上がった。
プラチナブロンドの髪。
白い肌。
そして……海の少しだけ深い場所の水の色のような濃いめの青色をした瞳。
投影された“誰か”が、青い瞳でじっと監視カメラを見つめた。
その場にいる全員が、まるで見つめられているような錯覚に陥る。
本庄教頭は小さく呟き、タブレット型の端末を握りしめ、立ち上がった。


















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。