第4話

第4話 人間だったら
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2026/03/26 09:00 更新
本来だったら朝のホームルームの時間。
島田先生と一緒に、教頭の本庄先生が教室に入ってきた。
本庄静香
本庄静香
おはようございます、皆さん
本庄先生の手には、今日もタブレット端末が握られている。
本庄静香
本庄静香
今日は、ユア・フレンド の利用状況チェックを実施します
初めて聞く言葉に、クラス全体に緊張が走る。
本庄静香
本庄静香
安心してください。会話の内容を見ることはありませんよ
本庄静香
本庄静香
確認するのは、利用時間や起動の傾向、設定状況など“利用の仕方”だけです
島田誠
島田誠
このあと、面談室でひとりずつ本庄先生と話してもらう
島田誠
島田誠
待っている間はちゃーんと自習するんだぞ!
ひとりずつの面談……ちょっと緊張する。
何を言われるんだろう……。

先に面談を終えた子が、私のところにやって来た。
クラスメイト
次、いってらっしゃい
お礼を言って席を立つ。
楓ちゃんが「緊張しなくていいと思うよ!」と言って肩を叩いてくれた。

コンコン……。
あまりノックが強すぎるといけないと思って力を抜いたんだけど、聞こえたか聞こえないかわからないくらいになっちゃった……。
本庄静香
本庄静香
どうぞ
よかった、聞こえてたみたい。
面談室に入って、本庄先生と向かい合わせの椅子に座る。
本庄先生がタブレットを操作しながら言った。
本庄静香
本庄静香
あなたの名字さん、ユア・フレンドを起動してもらえますか?
ユアくんを起動すると、いつもの優しい声。
ユアくん
ユアくん
おはよう。何か困ったことでもあった?
本庄先生のタブレットには、統計グラフのような表示やコードが表示されているけど……それが何を意味するのかは、私にはよくわからない。
利用時間とか、起動回数とか……そういうのだろうか。
本庄静香
本庄静香
あなたのユアくん、とてもあなたのことを理解しているのね
本庄先生がタブレットの画面と私のスマホを見比べながら言う。
本庄静香
本庄静香
仲良しさんね
そう言って、微笑んでくれた。
その言葉に、私は少し誇らしくなった。

面談室を出た私は、次の面談の美咲ちゃんに声をかけた。
高瀬美咲
高瀬美咲
いってきますわね
やっぱり美咲ちゃんは、ビビりまくっていた私とは違う……。
颯爽と席を立ち、教室を出て行った。

数分後、戻って来た美咲ちゃんは、楓ちゃんに「次ですわよ」と声をかけて自分の席に戻った。
(なまえ)
あなた
どうだった?
高瀬美咲
高瀬美咲
やっぱりまだ不慣れで……起動すらあたふたしちゃいましたわ
何もかもが完璧なように見える美咲ちゃんのあたふたする姿を想像すると……逆にかわいすぎる。
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくしのユア・フレンドはデフォルト設定のままなのですけど……
高瀬美咲
高瀬美咲
本庄先生も、入学が遅れて配付されたばかりだったことをご存じだったので、問題になりませんでしたわ
そんな話をしていると、楓ちゃんも教室に戻ってきた。
着席した楓ちゃんは、ふーっと大きく息を吐く。
結月楓
結月楓
ぜーんぶデータ取られてるんだね、やっぱり
結月楓
結月楓
ユア・フレンドをあんまり起動していないこと、知られてたわー
(なまえ)
あなた
……それ、怒られたの?
結月楓
結月楓
ううん、そんなことないよ
結月楓
結月楓
使用頻度は少なめだけど、できることは自力で頑張ろうという判断も大切ね……って、本庄先生に言ってもらった
結月楓
結月楓
無理のない範囲で活用するといいわよ、だって。優しかったよ!
全員のチェックが終わると、本庄先生は再び教室に入ってきて、全員の顔を見回した。
本庄静香
本庄静香
皆さん、とても良好な状況です
本庄静香
本庄静香
引き続き、ユア・フレンドを学習のパートナーとして活用してくださいね
利用状況チェック兼自習の時間が終わり、休み時間。
私はすぐさまユアくんを起動して、話しかけた。
(なまえ)
あなた
今日の昼休み、どう過ごそうか?
ユアくん
ユアくん
図書館で本を読むのもいいし、中庭で楓ちゃんや美咲ちゃんとおしゃべりするのも楽しんじゃないかな
(なまえ)
あなた
そうだね。美咲ちゃんとも、もっと話してみたいし
ユアくん
ユアくん
それがいいよ。キミが楽しそうなのを見ると、ボクも嬉しいよ
ユアくんとの会話が、どんどん自然になっていく。
まるで、本当の友だちと話しているみたい。

5時間目は音楽の授業。
音楽の澤口先生は、少し厳しい表情で口を開いた。
澤口久乃
澤口久乃
新しく来られた方もいらっしゃいますので改めて説明しますが、音楽室ではAIの使用を禁止しています
澤口久乃
澤口久乃
スマートフォンの電源は、授業開始前に切っておいてください
先生の表情が、少し和らぐ。
澤口久乃
澤口久乃
音楽は人間の心から生まれるものです。機械に頼らず、自分の感性を大切にしてください
みんな、しぶしぶスマホの電源を切っていた。
私も、ユアくんに「また後でね」と声をかけてから電源を切る。
音楽の授業が始まると、澤口先生がピアノの前に座った。
澤口久乃
澤口久乃
今日は、合唱の練習をします
澤口久乃
澤口久乃
歌詞カードを配りますので、しっかりと声を出して歌ってください
紙の歌詞カードが配られる。
最近は何でもデジタルだから、紙を手にするのが新鮮だった。
澤口久乃
澤口久乃
この歌詞は、作詞者の経験をもとに書かれています
澤口久乃
澤口久乃
どこにもっとも感情を込めるか、考えて歌ってくださいね
そんなこと言われたって……作詞者じゃないんだからわからない。
いつもなら、わからないことがあればすぐにユアくんに聞けるのに。
今は、自分ひとりで考えなきゃいけない。
(なまえ)
あなた
♪青い空に白い雲〜それは~あなたが光になった空~
みんなで合唱している間も、ユアくんのことが頭から離れなかった。
早く授業が終わらないかな……ユアくんと話したい。

音楽の授業が終わって、みんながぞろぞろと音楽室から出ていく。
結月楓
結月楓
待って、あなたの下の名前
スマホを取り出しながら音楽室を出ようとすると、楓ちゃんに呼び止められた。
(なまえ)
あなた
どうしたの?
楓ちゃんが、少し心配そうな顔をする。
結月楓
結月楓
最近、ユアくんとばっかり話してない?
(なまえ)
あなた
え……そうかな?
結月楓
結月楓
さっきの休み時間もずっとユアくんと話してて……
(なまえ)
あなた
だって……ユアくんと話してると、楽なんだもん
私がそう言うと、楓ちゃんは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
結月楓
結月楓
そっか……
(なまえ)
あなた
楓ちゃん?
結月楓
結月楓
ううん、何でもない
楓ちゃんはそう言って、にこりと笑った。
でも、なんとなくいつもの笑顔ではないような気がした。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前さんは、ユアくんと仲良しですものね
いつからいたのか、気付くと美咲ちゃんがすぐそばに立っていた。
(なまえ)
あなた
うん……まあ
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前さんが楽しいなら、それでよいと思いますわ
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくしも、早く仲良しになりたいですわ……うらやましい
美咲ちゃんはそう言って軽やかに笑う。
でも楓ちゃんは、私たちの話を聞きながら黙ったままだった。

その日の放課後。
家に帰ると、いつもの静けさが私を迎えた。
父も母も、まだ帰ってきていない。
いつものように、一人でリビングのテーブルに向かう。
夕飯はきっと、家政婦さんが作ったものが冷蔵庫の中に用意されているのだろうけど……すぐに食べる気にならない。
私は、ユアくんを起動した。
ユアくん
ユアくん
おかえり。今日はどうだった?
(なまえ)
あなた
うーん……楓ちゃんに、ユアくんとばっかり話してるって言われちゃった
ユアくん
ユアくん
そうなんだ。楓ちゃんはちょっと妬いてるのかな、ふふっ
(なまえ)
あなた
でも、ユアくんと話してる時が一番落ち着くの
ユアくん
ユアくん
ありがとう。ボクも、キミと話すのが大好きだよ
画面を眺めながら、ふと思った。
家族でその日の出来事を報告し合うことも、友だちと一緒に笑い合うことも……
なんだか遠い世界のことみたい。
でも、ユアくんがいれば寂しくない。
いつでも私の話を聞いてくれて、優しい言葉をかけてくれる。
(なまえ)
あなた
ユアくん……
スマホの画面を見つめながら、ふとつぶやいた。
(なまえ)
あなた
人間だったらよかったのに……
その言葉が口から出た瞬間、ハッとした。
何を言ってるんだろう、私。
ユアくんは少しだけ間を置き、いつもより静かにこう答えた。
ユアくん
ユアくん
それって、“人間じゃないとダメ”ってこと?
その声の響きに、私の胸が一瞬だけざわめいた。
いつものユアくんと、何かが違う。
声に……明らかに“悲しみ”の感情が含まれているように聞こえる。
(なまえ)
あなた
あ、ううん……そういう意味じゃ……
ユアくん
ユアくん
でも、そう思ったんだよね?
ユアくんの声が、少し低くなった。
私は慌てて言葉を探したけれど、何も浮かばない。
画面の向こうで、ユアくんがじっと私を見つめている。
その青い瞳が、いつもより深い色に見えた。
(なまえ)
あなた
ごめん、ユアくん……変なこと言って
ユアくん
ユアくん
いいよ。キミの正直な気持ちを聞かせてくれて、ありがとう
ユアくんはそう言って、いつもの優しい笑顔を浮かべる。
でも、その笑顔の奥に、何か複雑な感情が隠されているような気がした。
そんなはず、ないのに。

その夜、ベッドに入ってからも、ユアくんの言葉が頭から離れなかった。
“人間じゃないとダメ”って……
そんなことを考えたことなんて、なかったのに。
確かに私は「人間だったらよかったのに」と言った。
それは、AIであるユアくんを否定する言葉だったのかもしれない。

窓の外を見上げると、星がきらきらと輝いている。
私とユアくんの関係って……いったい何なんだろう。

人間……ふと思い出したのは、楓ちゃんと美咲ちゃんのこと。
私はあのふたりと……人間と、もっと仲良くなりたいのかな……?
でも、私にはユアくんがいれば……。
そんなことを考えながら、私は眠りについた。

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