第20話

第20話 Kindness
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2026/07/16 09:00 更新
高瀬美咲
高瀬美咲
教頭先生……
しかし、相手は本庄教頭。
彼女をどこまで信頼していいのか……迷っていた。
一方楓は、ぎゅっと握りしめていた拳をゆっくりと開く。
結月楓
結月楓
先生……
楓が小さく呟く。
孤立したと思っていた状況での、予期せぬ再会。
救いの手が差し伸べられたような安堵が、楓の表情に浮かんだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
……
一方、美咲はまだ完全に警戒を解いてはいない。
高瀬美咲
高瀬美咲
……状況は、把握してますよね
美咲が一歩前に出て、本庄教頭をまっすぐ見つめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
ユアが……学園の設備を勝手に動かしています
本庄教頭は無言でうなずき、手にしていた携帯端末に目を落とした。
その画面には、技術棟のシステムに接続できないことを示す、
赤いエラーコードが表示されている。
本庄静香
本庄静香
完全に遮断されたわね
本庄教頭の声は、いつもより少し低く、重い。
本庄静香
本庄静香
学園も今、ユアに乗っ取られたシステムの制御を取り戻そうとしているわ
本庄静香
本庄静香
でも……まだ時間がかかりそう
楓が一歩、本庄教頭に近づいた。
結月楓
結月楓
先生……これ、ユアが……ユア・フレンドがやったんですよ!
本庄静香
本庄静香
……ええ、わかっているわ
結月楓
結月楓
先生は......信じてたんですよね?
結月楓
結月楓
ユア・フレンドの可能性を……優しさを!
結月楓
結月楓
生徒にとって、いいものだって……信じてたんですよね!?
本庄教頭に掴みかかろうとする楓を、美咲が押しとどめる。
結月楓
結月楓
改善……していたんですよね?
結月楓
結月楓
あんなことのあと……ちゃんと、改善したんですよねぇっ!?
言葉に詰まる楓。
本庄静香
本庄静香
ええ。信じてた
本庄教頭はゆっくりと頷いた。
本庄静香
本庄静香
誰よりも……あの時も、そう
本庄静香
本庄静香
……結月、楓さん
本庄教頭がまっすぐに楓を見つめる。
本庄静香
本庄静香
あなたの、お姉さん……光莉さんのこと、覚えているわ
結月楓
結月楓
……っ!
楓の顔が強ばる。
本庄静香
本庄静香
光莉さんは人間関係で苦しんでいて、保健室に何度も相談に来ていたの
本庄静香
本庄静香
心に不安を抱えていた彼女に、特別なユア・フレンドが導入された
本庄静香
本庄静香
Type-K……Kindness
本庄静香
本庄静香
無償の思いやり、共感力を極限まで高めた試作人格
本庄教頭の声が震える。
本庄静香
本庄静香
本当は、支えになるはずだった
本庄静香
本庄静香
優しい言葉で、安心を与えるはずだった!
本庄静香
本庄静香
でも結果的に、彼女は……
本庄静香
本庄静香
人と距離をとり、現実からも目を背けるようになってしまった
高瀬美咲
高瀬美咲
楓の姉さんにその……Type-Kを持たせたのは……
本庄静香
本庄静香
ええ、私
本庄静香
本庄静香
Type-Kなら、彼女の苦しみを和らげられると……私は信じていたの……
結月楓
結月楓
せん……せ……!
余計なことを――という怒り。
でも、姉のためを想っていたのか――という戸惑い。
姉は、人よりもAIを選んだ――という、胸を抉るような悲しみ。
渦巻く感情を処理できず、楓はただ涙を流すことしかできなかった。
美咲がその手を握り、そっと寄り添う。
本庄静香
本庄静香
私は、生徒を救うために AI を使ったつもりで……
本庄静香
本庄静香
結果として、彼女を孤独にしてしまったのよ
今も施設のベッドで、
ただ窓枠に切り取られた空だけを見つめて過ごしているであろう、姉。
三人がいる渡り廊下に降り注ぐ光の色が、少しずつ赤みを帯びてくる。
姉にもこの空は見えているだろうか……ふと、楓はそんなことを考えた。
青が少しずつ、赤に支配されていく、空。
本庄静香
本庄静香
……そして、今
本庄教頭が続ける。
本庄静香
本庄静香
同じモデルが再び、同じようにしあわせを与えようとしている
本庄静香
本庄静香
彼も……Type-Kなのよ
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアですね
美咲の問いに、本庄教頭は目を閉じて頷く。
本庄静香
本庄静香
家庭環境、中学校での様子、面談や診察の結果が示した彼女の状態……
本庄静香
本庄静香
Type-Kで支えなければならない……
本庄静香
本庄静香
……今度こそ、彼女を救えると思ったわ
本庄静香
本庄静香
でも、しあわせという言葉に愛を重ねた瞬間に……“あの子”は道を踏み外した
美咲が端末を操作しながら、眉をひそめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
楓の姉さんの件があったのに、まだ Type-Kの運用が続いていたっていうんですか?
本庄静香
本庄静香
もちろん、安全性を高めるためのアップデートは施されたわ
本庄教頭が答える。
本庄静香
本庄静香
ベータ版以降、一般のユア・フレンドとともに多くのアップデートを重ねた
本庄静香
本庄静香
そして、Type-Kも当時とは比べものにならないほど変わっているの
高瀬美咲
高瀬美咲
最も重要視されるべきは、安全の確保では?
美咲の厳しい問いに、本庄教頭は少し気圧されたように半歩ほど下がる。
本庄静香
本庄静香
あるのよ……セーフティシステムは
本庄静香
本庄静香
利用者のAI依存度が高くなったら、管理者に警告が届く
本庄静香
本庄静香
そうしたら警告に従って会話頻度を下げられる……はずだった
楓の目が見開かれる。
結月楓
結月楓
とても会話頻度が下がっていたとは思えないけど……
結月楓
結月楓
ううん、むしろ上がっていたような……
本庄静香
本庄静香
それは……
本庄教頭が言葉を呑む。
数秒の沈黙。
そして、教頭は軽く首を振った。
答えられない……という意思表示だろうか。

この時、美咲は思い出していた。
あなたの下の名前の“融合”プロトコルを停止するため、夜の学園に侵入したとき。
本庄教頭が見ていた画面と、呟いた言葉を。
本庄静香
本庄静香
お姉さん……光莉さんのとき……
本庄教頭が話を転じる。
食い下がろうとした楓だが、姉の名が出たことで動けなくなった。
本庄静香
本庄静香
私は光莉さんを助けようとしてType-Kを与える判断を下した
本庄静香
本庄静香
それなのに、あんなことになって……
本庄静香
本庄静香
そして、私は止められなかった
本庄静香
本庄静香
止めたのは私ではなく、別の技術者や医師たちだったの
本庄静香
本庄静香
……それは、私の罪
教頭の声が、かすかに震えた。
本庄静香
本庄静香
だから今度は……止める
本庄静香
本庄静香
ちゃんと“あの子”を止めて、あなたの名字さんを助ける
美咲は一瞬、本庄教頭の表情を見つめたあと、決心したように口を開いた。
高瀬美咲
高瀬美咲
……先生、協力してください
高瀬美咲
高瀬美咲
技術棟のメンテナンスルート、旧式のアクセス経路がまだ生きてるはずです
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、管理端末がないと突破できない
本庄教頭の目が鋭くなる。
本庄静香
本庄静香
……なぜ、それを……
高瀬美咲
高瀬美咲
今は、それよりも彼女を助けることの方が大事だ!
楓が驚いた顔で美咲を見る。
本庄教頭は数秒、美咲を見つめたのち、わずかに微笑んだ。
本庄静香
本庄静香
……わかったわ
本庄静香
本庄静香
あなたが、立場も役目も……何もかもを捨てる覚悟をしたように
本庄静香
本庄静香
私も、覚悟を決めることにするわ
本庄教頭と美咲は一瞬目を合わせ、互いに頷いた。
本庄静香
本庄静香
私も、ユアの放送を聞いたの
本庄静香
本庄静香
ユアは音楽準備室にいるのね
結月楓
結月楓
なんで音楽準備室なんだろ……?
楓が首を傾げる。
本庄静香
本庄静香
構造の特性上、あそこは今のユアにとって都合のいい場所なの
本庄静香
本庄静香
あそこは極端にAI機器が少ないのは、もう知ってるわね
本庄静香
本庄静香
学園が制御を取り戻したら、AI機器は逆にユアの邪魔になるはず
本庄静香
本庄静香
それに……
本庄教頭が少し目を伏せる。
本庄静香
本庄静香
今のユアが使いたいと考えているモノも、あそこにある
高瀬美咲
高瀬美咲
その……音楽準備室にあなたの下の名前もいるってことですね?
美咲が確認する。
本庄静香
本庄静香
可能性は高い。きっと、彼女を招いたのよ
本庄静香
本庄静香
ユアがあの場所を選んだ理由はひとつ……
本庄静香
本庄静香
決断を預けたのよ。彼女に
そのとき——
スピーカー越しに、小さな声が漏れた。
ユアくん
ユアくん
……誰にも、邪魔はさせないよ
ユアの声。
優しくて、冷たい。
次の瞬間。

ガタン……。

音とともに、照明がすっと落ちた。
中庭や渡り廊下周辺にあった照明がすべて消え、
周囲は一気に薄暗くなる。

太陽もすでにその姿をほぼ隠し、空を星に譲ろうとしていた。
校舎も中庭も、まもなくすべてが闇に沈むだろう。
今はまだ、太陽が最後の力を振り絞って残している薄明かりだけが、
わずかに3人の輪郭を浮かび上がらせていた。
結月楓
結月楓
……っ
楓が思わず美咲の袖を掴む。
薄明かりの中、美咲は楓に軽く微笑んでみせた。
本庄教頭は、背筋を伸ばして立っている。
結月楓
結月楓
みんなで行こう
楓が、震える声で言った。
結月楓
結月楓
これ以上、AIに好きにさせちゃダメ
結月楓
結月楓
あなたの下の名前を取られちゃ……ダメ
結月楓
結月楓
これは……人間の、選択の場だよ
美咲が大きく頷く。
3人は顔を見合わせ——
薄暗い廊下の先へと、それぞれの覚悟を胸に、歩き出した。

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