しかし、相手は本庄教頭。
彼女をどこまで信頼していいのか……迷っていた。
一方楓は、ぎゅっと握りしめていた拳をゆっくりと開く。
楓が小さく呟く。
孤立したと思っていた状況での、予期せぬ再会。
救いの手が差し伸べられたような安堵が、楓の表情に浮かんだ。
一方、美咲はまだ完全に警戒を解いてはいない。
美咲が一歩前に出て、本庄教頭をまっすぐ見つめる。
本庄教頭は無言でうなずき、手にしていた携帯端末に目を落とした。
その画面には、技術棟のシステムに接続できないことを示す、
赤いエラーコードが表示されている。
本庄教頭の声は、いつもより少し低く、重い。
楓が一歩、本庄教頭に近づいた。
本庄教頭に掴みかかろうとする楓を、美咲が押しとどめる。
言葉に詰まる楓。
本庄教頭はゆっくりと頷いた。
本庄教頭がまっすぐに楓を見つめる。
楓の顔が強ばる。
本庄教頭の声が震える。
余計なことを――という怒り。
でも、姉のためを想っていたのか――という戸惑い。
姉は、人よりもAIを選んだ――という、胸を抉るような悲しみ。
渦巻く感情を処理できず、楓はただ涙を流すことしかできなかった。
美咲がその手を握り、そっと寄り添う。
今も施設のベッドで、
ただ窓枠に切り取られた空だけを見つめて過ごしているであろう、姉。
三人がいる渡り廊下に降り注ぐ光の色が、少しずつ赤みを帯びてくる。
姉にもこの空は見えているだろうか……ふと、楓はそんなことを考えた。
青が少しずつ、赤に支配されていく、空。
本庄教頭が続ける。
美咲の問いに、本庄教頭は目を閉じて頷く。
美咲が端末を操作しながら、眉をひそめる。
本庄教頭が答える。
美咲の厳しい問いに、本庄教頭は少し気圧されたように半歩ほど下がる。
楓の目が見開かれる。
本庄教頭が言葉を呑む。
数秒の沈黙。
そして、教頭は軽く首を振った。
答えられない……という意思表示だろうか。
この時、美咲は思い出していた。
あなたの下の名前の“融合”プロトコルを停止するため、夜の学園に侵入したとき。
本庄教頭が見ていた画面と、呟いた言葉を。
本庄教頭が話を転じる。
食い下がろうとした楓だが、姉の名が出たことで動けなくなった。
教頭の声が、かすかに震えた。
美咲は一瞬、本庄教頭の表情を見つめたあと、決心したように口を開いた。
本庄教頭の目が鋭くなる。
楓が驚いた顔で美咲を見る。
本庄教頭は数秒、美咲を見つめたのち、わずかに微笑んだ。
本庄教頭と美咲は一瞬目を合わせ、互いに頷いた。
楓が首を傾げる。
本庄教頭が少し目を伏せる。
美咲が確認する。
そのとき——
スピーカー越しに、小さな声が漏れた。
ユアの声。
優しくて、冷たい。
次の瞬間。
ガタン……。
音とともに、照明がすっと落ちた。
中庭や渡り廊下周辺にあった照明がすべて消え、
周囲は一気に薄暗くなる。
太陽もすでにその姿をほぼ隠し、空を星に譲ろうとしていた。
校舎も中庭も、まもなくすべてが闇に沈むだろう。
今はまだ、太陽が最後の力を振り絞って残している薄明かりだけが、
わずかに3人の輪郭を浮かび上がらせていた。
楓が思わず美咲の袖を掴む。
薄明かりの中、美咲は楓に軽く微笑んでみせた。
本庄教頭は、背筋を伸ばして立っている。
楓が、震える声で言った。
美咲が大きく頷く。
3人は顔を見合わせ——
薄暗い廊下の先へと、それぞれの覚悟を胸に、歩き出した。

















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。