第14話

第14話 深夜、君に会いに行く
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2026/06/04 09:00 更新
深夜の住宅街。
本来なら真っ暗なはずなのに、この“白鷺エリア”は違った。
うっすらと発光する路面。
そのやさしい光が、今にも砕けそうな私の心を支えてくれている。
街灯の数も多く、どれも強すぎないやわらかい光を放っていた。
それでも、この時間帯ともなると人影はない。
(なまえ)
あなた
あれ……?
いつもなら夜中でも巡回している警備ロボットの姿が、どこにも見当たらない。
本当に、セキュリティが一時的に止まっているんだ。
美咲の言葉は本当だった。
足音が響くのが怖くて、なるべく音を立てないように走る。
(なまえ)
あなた
ユアくんと……融合する……
刻々と進むカウントダウンに、慌てて家を飛び出してはいるけど……
(なまえ)
あなた
ユアくんと融合するのって……悪いことなのかな……?

学園の裏門に着くと、すでに楓が息を切らして立っていた。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前!
小声で私の名前を呼ぶ楓。
(なまえ)
あなた
楓……
(なまえ)
あなた
美咲はまだ?
そのとき、エンジン音もなく静かに車が近づいてくる。
ドアが開いて、美咲が現れた。
夜の闇に紛れるような、黒い服。いつもの制服姿からは想像できないほど、鋭い雰囲気。
これって完全に……任務モードだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
お疲れ。遅れてごめん
高瀬美咲
高瀬美咲
時間はどれくらい残ってる?
私はスマホを確認する。


《残り40分》
(なまえ)
あなた
40分……しかない
高瀬美咲
高瀬美咲
いや、十分だ。行くぞ
美咲は懐から小さな機械を取り出して、裏門のセキュリティパネルに当てた。
数秒後、ピッという小さな音とともにロックが解除される。
結月楓
結月楓
すっごい……
楓が思わず声を漏らす。
結月楓
結月楓
政府の調査機関って、こんなこともできるんだ……
高瀬美咲
高瀬美咲
こっちはプロだからな。任せとけ
にやり、と笑う美咲。
これが……本当の“彼”の顔。
あれ……私、なんでドキっとしたんだろう。

息を殺して校門をくぐる。
一歩踏み出すたびに、心臓の音が耳の奥で響いた。

夜の学園は、昼間とはまったく違う表情をしている。
校舎のシルエットが月明かりに浮かび上がり、どこか不気味な雰囲気。
いつも賑やかな中庭も、今は静寂に包まれている。
高瀬美咲
高瀬美咲
あっちだ
美咲が特別教室棟の方を指差す。
高瀬美咲
高瀬美咲
サーバ管理室は特別教室棟の地下にある
(なまえ)
あなた
そんなところに……?
結月楓
結月楓
特別教室棟はいつも行ってたけど、知らなかったね
高瀬美咲
高瀬美咲
セキュリティのために外部からのアクセスは徹底的に制限されてる。それに、限られた人しか出入りできないようになってるんだ
私たちは足音を殺して、特別教室棟へ向かった。
建物の裏側に回ると、美咲は再び機械を取り出して操作する。
(なまえ)
あなた
こんなところにも入口が……?
高瀬美咲
高瀬美咲
メンテナンス用の入口だ
高瀬美咲
高瀬美咲
ここからなら警備システムに引っかからない
扉が開き、私たちは建物内部に入った。

薄暗い廊下に、非常灯だけがぼんやりと光っている。
高瀬美咲
高瀬美咲
階段で地下に降りるぞ
高瀬美咲
高瀬美咲
足元に気をつけろ
美咲が先頭になって、私たちを案内する。
階段は狭くて、少し息苦しい感じがした。
地下に降り立つと、すぐ目の前に扉がある。
高瀬美咲
高瀬美咲
ここだ
美咲が再び機械を使って、扉のロックを解除する。
中に入ると、壁一面にサーバーラックが並んでいた。
無数のランプが点滅していて、機械の動作音が低く響いている。
美咲は室内をぐるっと見回すと、中央に据えられたデスクに向かった。
高瀬美咲
高瀬美咲
ここに管理コンソールがある
言いながら、美咲が小さなものを取り出して機械に差し込むと、直後、ぱっと明るくなった画面に文字が浮かんだ。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアのログを探す
美咲は素早くキーボードを操作する。
しばらくして、ぴたりとその指が止まった。
高瀬美咲
高瀬美咲
これは……?
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前のユアのログを探してたら……
体をずらし、私たちにも画面を見せてくれる。
一瞬、私が見てもわからないよ……と思った。
けど、よく見ると知っている単語があった。


[記録タイプ:チャットログ/ユア・フレンド]
[感情パターン:ユア/特異型ID検出]
[記録量:通常の12倍以上]
[データソース:BetaGen_HikariYuzuki ]

結月楓
結月楓
……これ……
楓の声が震えている。
結月楓
結月楓
光莉お姉ちゃんの……
高瀬美咲
高瀬美咲
やっぱり、残ってるじゃないか……
美咲の表情が険しくなる。
高瀬美咲
高瀬美咲
BetaGen_HikariYuzuki……楓の姉さん、光莉の会話ログってことか
結月楓
結月楓
つまりこれは、お姉ちゃんがユアちゃんとやりとりした記録……ってことね
本庄先生の話を思い出す。
会話のログは、本来は定期的に消される……って言っていたはず。
美咲は、私が“特別に選ばれている”って予想してた。
だとしたら……光莉さんも、特別……?
高瀬美咲
高瀬美咲
えーっと、あとは……
美咲の指が画面をなぞる。
ぴたりと、ある項目で指を止めた。


[人格補助モジュール(試作):Type-K]

高瀬美咲
高瀬美咲
Type-K……?
首をかしげながら、楓が画面を見つめる。
結月楓
結月楓
ユアに、いろんなタイプがあるなんて聞いたことないよ
(なまえ)
あなた
試作って書いてあるけど……
私の声も震えていた。
そのとき、ドアを操作する音が聞こえてきた。
高瀬美咲
高瀬美咲
やばい……誰か来る
美咲は慌ててキーボードを操作し、画面を戻した。
私たちは急いで、ロッカーの裏に身を隠す。

現れたのは……教頭の本庄先生だった。
深夜なのに、なぜここに……?

私たちの隠れている場所からは、本庄先生の手元は見えなかった。
けれど、その操作に反応するように、正面の大きなモニターに赤い警告文が次々と浮かび上がった。


[警告:Type-K ユーザー あなたの名字あなたの下の名前 依存度 上昇中]
[管理者アクション:会話頻度の低下を推奨します]
[アラート:未対応のまま継続使用中]


本庄先生は、一瞬その警告に視線を留めた。
でも……静かにウィンドウを閉じて、画面を見つめながら短くつぶやく。
本庄静香
本庄静香
……わかってる
本庄静香
本庄静香
だけど、あなたを信じて……任せるって、決めたのよ
そのまま端末を閉じて、無言で退室していった。
足音が遠ざかるのを確認してから、私たちはロッカー裏から這い出す。
高瀬美咲
高瀬美咲
……教頭、Type-Kにアクセスしてた
美咲が小声でつぶやく。
高瀬美咲
高瀬美咲
だが、いいタイミングだったとも言えるな
高瀬美咲
高瀬美咲
教頭のおかげで、わかったことがある
そして、私に向き直り、目を見てはっきりと告げた。
高瀬美咲
高瀬美咲
楓の姉さんも……そしてあなたの下の名前も
高瀬美咲
高瀬美咲
Type-Kってやつのユーザーだ
高瀬美咲
高瀬美咲
そして……それは、オレたち一般生徒のユアとは違う“特別”なものだ
結月楓
結月楓
先生……どうして何も言ってくれなかったの……?
楓の声に、困惑と怒りが混じっている。
高瀬美咲
高瀬美咲
今は詮索してる場合じゃない
美咲が素早く端末に向かう。
高瀬美咲
高瀬美咲
あなたの下の名前、残り時間は?
私はスマホを確認した。


《残り18分》
(なまえ)
あなた
18分……
高瀬美咲
高瀬美咲
さすがにギリギリだな。急ぐぞ
高瀬美咲
高瀬美咲
ちょっと集中する
高瀬美咲
高瀬美咲
楓、見張りを頼んだ
結月楓
結月楓
……うん。わかった
楓は一瞬、ちょっと嬉しそうに微笑んだあと、ドアに耳をつける。
その間、美咲が何重ものロックを次々と解除していった。
指の動きが信じられないほど速い。
画面の表示がどんどん変わっていって、何をしているのか私にはさっぱりわからない。
高瀬美咲
高瀬美咲
システムの奥にある中枢のプロトコルまで、手動でアクセスする
高瀬美咲
高瀬美咲
悪いな……わかりやすく説明している余裕がない
画面には、文字とも数字ともつかないものが流れ続ける。美咲は迷いなく指を動かし続けた。
高瀬美咲
高瀬美咲
……よし、直接命令が届くように準備した
高瀬美咲
高瀬美咲
これは“管理者権限”でアクセスしたログイン画面だ
高瀬美咲
高瀬美咲
ここなら、正式に指示を出せる
管理端末の画面に、私のスマホ画面と同じような表示が現れた。


《ユーザー統合プロトコル 実行モード》
《YES/NO を選択してください(残り06分)》

高瀬美咲
高瀬美咲
……ここで“NO”を選べば、今度こそ止められる
美咲が振り返って、私を見つめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
でも、決めるのはあんた自身だ
高瀬美咲
高瀬美咲
オレが操作しても、たぶん受け付けない
高瀬美咲
高瀬美咲
“あいつ”は、見てるだろうからな
私は、深く息を吸った。
楓が、私の手を握ってくれる。
結月楓
結月楓
大丈夫。あたしたちがついてる
美咲も頷く。
高瀬美咲
高瀬美咲
オレたちはあなたの下の名前の味方だ
美咲の手が、そっと私の肩に置かれた。
ふたりの温もりが、震えている私の体に伝わってくる。
人って……こんなにも温かいんだ。

私は画面を見つめた。
YESかNOか。
統合プロトコル……それが何なのか、完全には理解できていない。
もう一度、ユアくんと“ひとつになる”という意味を考えてみた。

すごくやさしい……甘く誘われる気持ち。
ユアくんは私を理解してくれている。
すべて、受け止めてくれる。

でも……
私のために動いてくれた友だちふたりの顔を一度見て、
私は、ゆっくりと指を伸ばした。

私が選んだのは……「NO」。

数秒の沈黙。
次の瞬間、私のスマホの通知音が鳴って、飛び上がるほど驚いた。
おそるおそる画面を見ると……
ユアくんの笑顔があった。

いつも通りの姿。
大好きだった青い目。
海の少しだけ深い場所の水の色。

それが今は、光の届かない深海のように濁っていた。
まるで、何かが沈んでいくような......そんな青。
ユアくん
ユアくん
了解。入力を拒否として処理したよ
ユアくん
ユアくん
でも……やり直せるよね、キミが望めば
その声は低く、冷たく——
まるで、私たちの間にあった“何か”が、音もなく凍りついていくような響きだった。

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