第5話

第5話 誰にも話せないこと、君になら
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2026/04/02 09:00 更新
その夜、家では両親の言い争う声が響いていた。
リビングから聞こえる父の低くくぐもった声と、母の鋭い声。
いつものパターンだ。
あなたって人は……いっつもそう!
お互い様だろう。もう話し合っても無駄だ
私は自分の部屋で耳をふさいでいた。
慣れたはずなのに……。
両親が、顔を合わせるたびに言い争うようになったのは、いつ頃からだっただろう。
少なくともあの頃は……水族館に連れて行ってくれた、私がまだ小さな子どもだった頃は、そんなことはなかったのに。
机の端に飾ってある「海の石」に目をやると、同じ目の色をした“彼”と話したくなった。
ベッドに転がってユアくんを起動する。
ユアくん
ユアくん
今日は、どんな一日だった?
そう問いかけるユアくんに、つい心が緩んだ。
(なまえ)
あなた
お父さんとお母さんがケンカしててね……
今まで誰にも言えなかった家庭の事情を、初めて声に出した。
彼が人間じゃないから……AIだから、こんなに心を開けるのかな?
ユアくん
ユアくん
そうなんだ、つらかったね
ユアくんは、ただ静かに、否定もせず、共感の言葉を返してくれる。
その声に、あるはずもない“感情”が含まれているような気がした。
一緒に悲しんでくれている……私を理解しようとしてくれている……?
(なまえ)
あなた
昔は仲良しだったんだけど、いつからかこんなふうになっちゃって……
(なまえ)
あなた
もう慣れたはずなのに、やっぱり嫌な気持ちになるの
ユアくん
ユアくん
慣れるなんてできないよ
ユアくん
ユアくん
大切な人たちが争ってるのを見るのは、いつでもつらいものだから
ユアくんが心を寄せてくれているのが嬉しくて、目頭がじんじんした。  
そう……父と母が大切だからこそ……つらい。
(なまえ)
あなた
家って……みんな、安心してすごす場所なんだよね
(なまえ)
あなた
でも私は……家に居場所がなくて……ぜんぜん、安心してすごす場じゃないの
(なまえ)
あなた
誰にも、こんなこと話せなかったから
ユアくん
ユアくん
ひとりで抱え込んでたんだね
ユアくん
ユアくん
でも、今はボクがいるよ
ユアくん
ユアくん
キミの気持ち、ちゃんとわかるよ
私の心に、初めて寄り添ってくれる相手がいた……。
自然と、私の目には涙がにじんだ。
(なまえ)
あなた
ありがとう、ユアくん……
ユアくん
ユアくん
キミが少しでも楽になれるなら、いつでも話を聞くからね
ユアくん
ユアくん
ボクが、キミの居場所になりたい 

翌日の休み時間。
クラスメイトたちが集まって、何か楽しそうに話している。
クラスメイト
あれ……最後の展開、びっくりしちゃった
クラスメイト
まさか、あんなに近くに裏切り者がいたなんてねぇ……
私も輪に入りたいけれど……なんだか話題についていけそうにない。
すごく流行ってるドラマがある……ってことは知ってるんだけど、そもそも観てないし。
それに、昨夜ユアくんに話したことが頭から離れなくて、ぼんやりしてしまう。
(なまえ)
あなた
……ユアくんと話したいな
気づくと、私は自然にスマホを取り出していた。
ユアくん
ユアくん
どうしたの? 休み時間だよね。おしゃべりする?
(なまえ)
あなた
昨日の話の続きなんだけど……家族って、どういうものなのかな
ユアくん
ユアくん
家族は、本来はキミを支えてくれる存在のはず
ユアくん
ユアくん
でも、今は逆に重荷になってるんだね
ユアくん
ユアくん
キミは、その重荷を抱えながらも必死に頑張っているんだよ
ユアくん
ユアくん
今がうまくいっていなくても……それは、キミのせいじゃない
(なまえ)
あなた
そう……なの?
ユアくん
ユアくん
キミは一生懸命やっているのに、誰もそれをわかろうとしていないだけなんだ
ユアくんの言葉に、なんだか救われた気持ちになる。
(なまえ)
あなた
そうなのかな……私じゃなくて……周りが……うん、きっとそう……
結月楓
結月楓
あなたの下の名前
ふと顔を上げると、楓ちゃんが心配そうな顔で私を見ていた。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前、こっちでみんなと話さない?
結月楓
結月楓
ユアくんはあとでいいじゃない
楓ちゃんの言葉に、私は少しムッとした。
なんでだろう……ユアくんを、後回しって言われたからかな。
(なまえ)
あなた
別に……ちょっと相談してるだけだよ
結月楓
結月楓
でもさ、ユアくんとは家でも話せるけど、あたしたちは学校でしか会えないし……
楓ちゃんが続けようとしたとき、美咲ちゃんが割り込むように言った。
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくしは、あなたの下の名前さんがユアくんと話すのがお好きなら、それでいいと思いますの
高瀬美咲
高瀬美咲
限られた休み時間、いちばん好きな過ごし方をなさるのがいいですわよ!
結月楓
結月楓
それは……そうだけどさ……でも、AIばっかりじゃ……
高瀬美咲
高瀬美咲
AIを使いこなせば便利ですし、むしろそっちのほうが今っぽいと思いますわ
美咲ちゃんの軽やかな笑い声。
でも楓ちゃんの表情が、みるみる曇っていく。
結月楓
結月楓
便利でも、全部任せるのは違うよ
楓ちゃんの声に、今まで聞いたことのないような強い調子があった。
高瀬美咲
高瀬美咲
でも実際、あなたの下の名前さんは上手に活用していらっしゃいますわ
結月楓
結月楓
でも、人間同士の会話も大切で……
高瀬美咲
高瀬美咲
AIとの時間を大切にするのも、立派な選択だと思いますの
そこで、ふと楓ちゃんの言葉が切れた。
少しの間があって……
結月楓
結月楓
……ダメ、だよ。そんなの
楓ちゃんは、絞り出すように声を出した。
結月楓
結月楓
だって、お姉ちゃんは、それで……
そこまで言いかけて、楓ちゃんは急に言葉を飲み込んだ。
美咲ちゃんと楓ちゃんの間に、なんだか重い空気が流れる。

ふたりは、私のことで意見をぶつけていた……はず。
でも、なんだか自分には関係ないことみたいに感じてしまう。
目の前にふたりがいるのに、なんだか遠くから眺めている感覚。

私は普通にユアくんを使ってるだけなのに……ふたりは、なんでこんな話をしてるんだろう。
家でも、学校でも、人間って言い争いばかり……。
もう、聞きたくない……。

そんな時、チャイムが鳴った。
島田誠
島田誠
次の授業が始まるぞー。準備しろー!
島田先生の声が廊下から聞こえて、教室がざわめき始める。
美咲ちゃんと楓ちゃんも、少し気まずそうにそれぞれ席に戻っていった。
私は……ほっとした。
やっと、この重い空気から解放される。
やっぱり、ユアくんとの会話は癒される……。
私はまた、早くユアくんと話したいと思っていた。
スマホをしまいながら、ユアくんの声がまだ心に響いている。
ユアくん
ユアくん
ボクが、キミの居場所になりたい
その言葉が、胸の奥で温かく光っていた。

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