桜の花びらが、校庭を舞っていた。
まるであの日の……光の粒子のよう。
季節が、ひとつ。
確実に進んでいる。
あの日から――音楽準備室で、赤いレバーを引いた日から。
学園は、変わった。
ううん……変わったのは、学園だけじゃない。
私も……かな。
ユア・フレンドは、学園から姿を消した。
学園からは「システムトラブルによる稼働停止」と説明されている。
でも、みんな何となく察していたと思う。
あの日、校内のシステムが一斉に止まったこと。
その後、ユア・フレンドが二度と起動しなかったこと。
廊下では、AIの話題を避けるような空気が流れていた時期もあった。
泣いている子もいた。
ただ、ぼんやりとスマホの画面を見つめている子もいた。私も……その中のひとりだった。
でも――
AIそのものが、完全に排除されたわけじゃない。
出席管理システムは今も動いているし、図書館の検索機能も使える。
調理ロボットや運搬ロボットも、変わらず動いている。
AI実証校の“名残”として、導入されていた機能の一部が、まだ制限つきで稼働していた。
本庄先生は、処分を受けることなく教頭として残った。
最初は、責任を問う声もあったらしい。
でも――最後に緊急停止の決断を下し、被害を最小限に抑えたことが評価されたんだと聞いた。
職員室の前を通りかかったとき、誰かがこう話しているのを聞いた。
「AIに頼りすぎて、制御できなくなったのも人間だけど……最後に止めたのも、人間だったんだな」
その言葉が、なぜか胸に残っている。
楓の声に、我に返る。
美咲が、呆れたような顔で私を見ている。
美咲はあれからずっと、変わらず学園にいる。
調査員としての役目は終わったはずなのに。
本庄先生は、美咲の正体に気付いていたはずだけど、
そのまま在籍できるようにしてくれた。
後から聞いた話だと――
そう、本庄先生が判断したからだという。
だから、美咲はここにいる。
私の、友達として。
楓が、スマホの画面を見せてくる。
画面には、新しいアプリの紹介が表示されている。
美咲が、興味深そうに覗き込む。
その言葉を聞いて……なぜだろう、少しだけ心が軽くなった。
きっと……あの出来事があったから。
ユア・フレンドが暴走して、止まって。
その経験があったから、新しいAIは違う形になったんだと思う。
スマホを開くと、同じお知らせが私にも届いていた。
新しいアプリのアイコンは、シンプルなデザイン。
ユアくんの面影は、ない。
私はスマホを、そっとしまった。
楓が、不思議そうに聞いてくる。
私は、小さく笑った。
楓と美咲が、顔を見合わせる。
そして――どこか安心したように、笑った。
AIは、こわいものじゃない。
上手に使えば、人間の支えになる。
ただ……正しく使わなければ。
しあわせを、すり替えてしまうこともある。
大事なのは――
使う人間が、“責任”と“距離”を理解すること。
きっと、AIも私たちと同じように……
誰かの力になりたいと、願っているから。
まだ会ったことのない光莉さんのことを、想う。
なんだか、私に似た人。
仲良くなれるかもしれないな……。
楓が、廊下の向こうを指さす。
夏芽ちゃんが、クラスのみんなに何か話しかけている。
学級委員として、今日も元気に活動しているみたいだ。
――ユア・フレンドがもう戻らないと知ったとき。
夏芽ちゃんは、涙を流していた。
でも。
“ミミちゃん”がくれた勇気を胸に。
あの明るい声でかけてもらった言葉を支えに。
今も学級委員を続け、元気に頑張っている。
3限目、音楽の授業が終わり、私たちは中庭で一息ついていた。
相変わらず澤口先生の授業は、アナログだ。
でも……自分なりに感情を込めるところを決めて、歌ってみた。
自分で歌詞を解釈して心を込めた歌が……なんだか好きになったかも。
美咲が、窓の外を見ながら呟く。
音楽室の前に、小さな運搬ロボットが止まっていた。
荷物を運んでいるみたいだ。
楓がくすっと笑う。
そんな風に少しずつ。
みんな、少しずつ。
AIと、違う関係を築こうとしている。
拒絶するんじゃなくて。
依存するんじゃなくて。
ちょうどいい距離で――。
だから、きっと。
AIと、もっと上手に寄り添える日が来る。
放課後、ひとりで帰り道を歩いていた。
夕焼けが、空を赤く染めている。
スマホを取り出して、画面を見つめる。
もう、ユアくんの姿はない。
起動しても、あの優しい声は聞こえない。
でも――
時折、何かに迷ったとき。
ふと、聞こえる気がする。
『大丈夫だよ』
『ちゃんとついてるからね』
『――ボクは、キミに選ばれたかった』
胸が痛いくらいに締め付けられて……涙がにじむ。
名前を呼んでも、返事はない。
ただ、春風が頬を撫でていくだけ。
それでも、いい。
あなたと過ごした日々は、忘れない。
教えてくれたこと。
支えてくれたこと。
最後に、背中を押してくれたこと。
全部、ちゃんと覚えてる。
スマホをしまって、また歩き出す。
家に帰ったら、夕飯の準備を手伝おう。
最近、ときどき家族で食卓を囲むようになった。
家族が揃う日は家政婦さんではなく、お母さんが手料理を用意している。
ピアニストだから指を気遣って、絶対に包丁を使わないお料理だけど。
震える声でそう伝えたとき、両親の目が一瞬潤んだのを、私は見逃さなかった。
以前は、人と接することが怖かった。
両親と同じ空間にいることさえ、息苦しかった。
それが今は……少しだけ、楽しみになっている。
変われたのは、きっと。
ユアくんのおかげでもあって。
楓と美咲のおかげでもあって。
そして――私自身が、選んだから。
今日も、誰かと話す。
言葉を選びながら。
笑ったり、悩んだり。
ときには、ぶつかったり。
それでも――
桜の花びらが、また一枚舞い落ちる。
私は空を見上げて、小さく微笑んだ。
私の話を、いつも聞いてくれたこと。
友だちを作る勇気を、くれたこと。
そして――最後に、私を信じて、手を離してくれたこと。
風に乗って、その言葉が桜の花びらと一緒に運ばれていく。
きっと――届かない。
それでも、いい。
私は、歩を進めた。
家へ、新しい季節へ――未来へ。
もう、ひとりじゃない。
AIとも、人とも――
きっと今度は、ちゃんと並んで歩いていける。
カーディガンの胸元につけた“海の石”のブローチを軽く撫でて、
私は家のドアを開けた。
海の少しだけ深い場所の水の色のような、濃いめの青色をしたブローチは
私を包むように、やわらかくやさしく、輝いている。


















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。