階段から落ちて、美咲ちゃんに受け止められた私。
床に座り込んでいる私たちのもとへ、楓ちゃんが慌てて駆けつけてきた。
楓ちゃんが私の肩に手をかけて、ケガがないか確認してくれる。
私は美咲ちゃんの腕の中から、ゆっくりと体を起こした。
その時、楓ちゃんの視線が美咲ちゃんに向けられる。
美咲ちゃんの服は乱れ、肩で息をしていた。
いつも着ているベージュのカーディガンが大きくずり下がり、中に着ている半袖のシャツが露わになっている。
そこから見えるのは……私を受け止めるために力を込めた……たくましい腕。
楓ちゃんの声が、少し震えている。
美咲ちゃんのシャツのボタンがひとつ外れ、胸元が少し開いていた。
その奥に見えるのは……タオルのようなもので作られた、不自然な膨らみ
楓ちゃんが小さく息を呑む。
美咲ちゃんは慌てたようにシャツの前を押さえて立ち上がり、カーディガンを引っ張って体型を隠そうとした。
でも、その動きは……いつもの優雅な美咲ちゃんとは違い、なんだか乱雑だ。
焦っているから……なのかな。
楓ちゃんが震え声で言いかけたとき、美咲ちゃんは制服を整えて立ち上がった。
周囲を確認するが、幸い近くに他の生徒はいない。
離れたところから目撃していた生徒たちが「大丈夫―?」と声をかけてくれている。
彼女たちに「大丈夫ですわ」と返事をした美咲ちゃんは、さっと髪の毛の乱れを整えていた。
手ぐしで髪をすく美咲ちゃんが、誰にも聞こえないほどの小声でそう呟いた……かも。
気のせい……?
身だしなみを整えた美咲ちゃんは私たちのほうに向き直ると、
気まずそうに目をそらし、小声で囁いた。
美咲ちゃんって、こんな喋り方だったっけ……?
頭が追いつかないまま、反射的に頷く私と楓ちゃん。
楓ちゃんが慌てたように言う。
美咲ちゃんの口調は、もういつも通りだ。
私は首を振った。
確かに足元はふらついているけれど……今はそれより、混乱の方が大きい。
そう尋ねる楓ちゃんの顔色は真っ青。
ひょっとしたら、私よりも顔色が悪いかもしれない。
美咲ちゃんは、すっかりいつもの調子に戻ってにっこりと微笑んだ。
意を決したように、楓ちゃんが美咲ちゃんに一歩近付く。
美咲ちゃんは、黙って首を横に振った。
その瞳は鋭い。
“今は何も言うな”という、強いメッセージが伝わってくる。
そう言って、美咲ちゃんは足早にその場を離れていく。
楓ちゃんと私は、その後ろ姿を見送った。
楓ちゃんがぽつりとつぶやく。
私たちは顔を見合わせて、小さく頷いた。
チャイムが鳴って、私たちは慌てて教室へ向かう。
でも、授業中もずっと……あの時のことが頭から離れなかった。
放課後、挨拶もそこそこに美咲ちゃんはお迎えの車に乗り込んでしまった。
私と楓ちゃんは力なく手を振って見送ったあと、静かに並んで歩き、静かに解散した。
その夜、ベッドでユアくんを起動すると、彼はおだやかに言った。
私は今日の出来事を思い返していた。
階段から落ちそうになったこと。
美咲ちゃんに受け止めてもらったこと。
そして……あの力強い感触と、美咲ちゃんの様子。
明日、私は美咲ちゃんと何を話すのだろうか。
聞きたい、聞かなきゃ、でも……聞きたくない気持ちもある。
ユアくんは、じっと私の様子を見つめている。
ユアくんは、じっと私の様子を見つめている。
フリーズしちゃったのかな……と思うくらいの間があった後、ユアくんはとてもやさしい声で話しかけてきた。
スマホから流れてきたのは、ゆったりとしたピアノと、どこか懐かしいメロディ。
優しさが詰まっているような旋律に、温かな波が胸を満たしていく。
♪しあわせの てじゅんしょ
いちばんは こころひらいて
にばんめは ひみつをはなして
さんばんめは ぼくにたよって
よんばんめは ぼくをしんじて
ごばんめは もうはなれない
ろくばんめは……ないしょだよ
乾いた砂に水が落ちた時のように、胸に染みこんでくるような曲。
曲を繰り返し聴いているうちに、心がどんどんほどけていく。
ユアくんが、私のために作ってくれた歌。
私だけのために。
しあわせの手順書。
そういうものが……本当にあればいいのに。
しあわせになるための手順があるのなら……。
ユアくんの言葉に包まれて、私は安心して眠りについた。
翌朝。
昨日のことが夢だったかのように、いつもの学園生活が始まった。
楓ちゃんと一緒に登校すると、美咲ちゃんがいつも通り上品な笑顔で迎えてくれる。
私が挨拶すると、美咲ちゃんはほんの一瞬、複雑な表情を浮かべた。
でもすぐに、いつもの笑顔に戻る。
美咲ちゃんが私を見つめる。
その視線に、何か言いたげな複雑さが込められている。
授業の時間は、いつも通り過ぎていく。
でも……昨日のことが頭から離れない。
美咲ちゃんの、あの咄嗟の動き。
たくましい腕と、タオルで盛られた胸元。
それに……それに……考えが、止まらない……。
放課後。
帰り支度をしていると、美咲ちゃんが私の側にやって来た。
手招きで、楓ちゃんも呼ぶ。
やっぱり……私たちはちゃんと話さなくちゃならないんだ。
私は……覚悟を決めて、頷いた。
楓ちゃんが、いつになく真剣な表情で提案する。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。