寝る前のルーティンみたいに、いつもの時間にスマホを手にした。
でも今日は、画面を開く指が止まる。
美咲の言葉、そして楓も知っていた『しあわせの手順書』――
全部がぐるぐるしていて、ユアくんの声を聞くのが、少しだけこわかった。
呟いてみて、自分で自分に驚いた。
私が、ユアくんと距離を取るなんて……。
近くにいないと、不安。
ユアくんがいるから、さみしくない。
いないことなんて、もう考えられない。
そう、思っていたはずなのに……。
美咲はわざとらしく髪の毛をなびかせて、おしとやかに挨拶した。
……直後、にやりと笑ったけど。
私と同じく“昨日のいろいろ”を知った楓も、肩をすくめて苦笑いしている。
――私たちは、今のお上品な美咲が本当の姿ではないことを知った。
楓の目は少し腫れぼったくて、少しだけ前髪も乱れてる。
楓の反応は……意外なものだった。
さすがの美咲もびっくりして、楓の肩を揺さぶっている。
そういえば……呼び方、昨日から変えたばっかりだった!
どうして私、こんなにも自然に対応できてたんだろう。
じわじわと恥ずかしくなってくる……。
美咲も笑い、私もつられて笑った。
みんなで笑ったあと……楓がふっと真顔になって顔を寄せた。
私と美咲はそれですべてを察し、静かに頷いた。
図書館の最奥、本棚に隠れるように設置されたテーブル席。
この席に案内してくれたのは、美咲だ。
私たちだけの場で、口調はすっかり素に戻っている。
それが……信頼の証のようで、ちょっと嬉しい。
チラっと近くの本棚を見ると、先日私が返却した『トキポナ語完全入門』が置いてある。
……ま、ここに置かれるよね。
少し雑談をした後、3人ともじっと押し黙る。
周囲に人の気配がないか探っていた美咲が、ふぅと息を吐きながら言う。
それを合図に、楓が静かに口を開いた。
楓は、この特区白鷺エリアができたばかりの頃から住んでいるって言ってたっけ。
だからお姉さんは楓よりも先に、この学園に入学したんだ。
……胸が、締め付けられる。
私にも、覚えがあるから。
話しかけても、すぐに話題が途切れる。
そのうち、話しかけることすらなくなっていく。
誰かから話しかけられることも、ない。
納得した様子で頷く美咲。
首をかしげている私に、美咲が説明してくれた。
そこでふぅと息を吐き、少しの間を置いたあと、続ける。
たぶん……それはデフォルト名だ。
私も、同じだ。
でもそれはきっと、悪いことじゃない。
例えばそう……水族館でお土産として売っている大量生産品のブローチだって、親に買ってもらったものは思い出と重なって唯一の存在になるように。
誰もがそういう品を持っているはず……。
そう思いながらも彼女と自分が、妙に重なる。
美咲が眉をひそめる。
光莉さんのことが心配なのは確かなんだけど……。
“デジタル機器をすべて絶たれた環境”という言葉が恐ろしかった。
そんなの……耐えられる気がしない。
楓は、涙をこらえるように唇を噛んだ。
美咲が席から立ち上がり、楓の肩に手を置く。
その言葉に、大きく目を見開いた楓は美咲を見上げて……
あふれる感情を言葉にするかわりに、一筋の涙をこぼした。
楓が一度周囲を見回したあと、私に向き直って言った。
歌う……というよりも小声で囁くように。
私は、私が知っている『しあわせの手順書』を歌った。
♪しあわせの てじゅんしょ
いちばんは こころひらいて
にばんめは ひみつをはなして
さんばんめは ぼくをたよって……
楓の声が震えている。
美咲は、椅子に座り直して腕組みをした。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!