第12話

第12話 真実の先に、選ぶもの
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2026/05/21 09:00 更新
寝る前のルーティンみたいに、いつもの時間にスマホを手にした。
でも今日は、画面を開く指が止まる。
美咲の言葉、そして楓も知っていた『しあわせの手順書』――
全部がぐるぐるしていて、ユアくんの声を聞くのが、少しだけこわかった。
(なまえ)
あなた
ちょっとだけ……距離を置いてみようかな
呟いてみて、自分で自分に驚いた。
私が、ユアくんと距離を取るなんて……。
近くにいないと、不安。
ユアくんがいるから、さみしくない。
いないことなんて、もう考えられない。
そう、思っていたはずなのに……。

高瀬美咲
高瀬美咲
あら、おはようございます
美咲はわざとらしく髪の毛をなびかせて、おしとやかに挨拶した。
……直後、にやりと笑ったけど。
結月楓
結月楓
……おはよ、美咲
私と同じく“昨日のいろいろ”を知った楓も、肩をすくめて苦笑いしている。
――私たちは、今のお上品な美咲が本当の姿ではないことを知った。
結月楓
結月楓
昨日は……なんか、中途半端でごめん
楓の目は少し腫れぼったくて、少しだけ前髪も乱れてる。
(なまえ)
あなた
あのさ……こないだ寝不足でフラフラだった私が言うのもアレだけど
(なまえ)
あなた
楓……あんまり寝てないんじゃない?
楓の反応は……意外なものだった。
結月楓
結月楓
ふふ……ふふふっ……あははは!
(なまえ)
あなた
ちょ、ちょっと楓、どうしたの!?
高瀬美咲
高瀬美咲
まだ寝ていて、夢でもご覧になってるの?
さすがの美咲もびっくりして、楓の肩を揺さぶっている。
結月楓
結月楓
あは……なんか、ごめん。嬉しくて笑っちゃった
(なまえ)
あなた
嬉しい?
結月楓
結月楓
あなたの下の名前、あたしのことナチュラルに“楓”って呼んでくれたじゃん
(なまえ)
あなた
……はっ
そういえば……呼び方、昨日から変えたばっかりだった!
どうして私、こんなにも自然に対応できてたんだろう。
じわじわと恥ずかしくなってくる……。
高瀬美咲
高瀬美咲
もっと早く、こうしていてもよかった……ってことですわよ
高瀬美咲
高瀬美咲
だってもう、わたくしたちはとっくにお友だちだったんですから!
美咲も笑い、私もつられて笑った。
みんなで笑ったあと……楓がふっと真顔になって顔を寄せた。
結月楓
結月楓
……放課後、時間……お願い
私と美咲はそれですべてを察し、静かに頷いた。


図書館の最奥、本棚に隠れるように設置されたテーブル席。
高瀬美咲
高瀬美咲
読書のフリして、たまにここで調査用の端末をいじってたんだ
この席に案内してくれたのは、美咲だ。
私たちだけの場で、口調はすっかり素に戻っている。
それが……信頼の証のようで、ちょっと嬉しい。
高瀬美咲
高瀬美咲
穴場なんだよね、このあたり
高瀬美咲
高瀬美咲
需要少なめな本ばっかりでほとんど人が来ないんだ
チラっと近くの本棚を見ると、先日私が返却した『トキポナ語完全入門』が置いてある。
……ま、ここに置かれるよね。

少し雑談をした後、3人ともじっと押し黙る。
高瀬美咲
高瀬美咲
……誰もいない。大丈夫だ
周囲に人の気配がないか探っていた美咲が、ふぅと息を吐きながら言う。
それを合図に、楓が静かに口を開いた。
結月楓
結月楓
……あたしのお姉ちゃん……光莉っていうんだけど
結月楓
結月楓
この学園にいたんだ
楓は、この特区白鷺エリアができたばかりの頃から住んでいるって言ってたっけ。
だからお姉さんは楓よりも先に、この学園に入学したんだ。
結月楓
結月楓
お姉ちゃん、中学の時から人間関係がうまくできなくて、引きこもりがちだった
……胸が、締め付けられる。
私にも、覚えがあるから。
話しかけても、すぐに話題が途切れる。
そのうち、話しかけることすらなくなっていく。
誰かから話しかけられることも、ない。
結月楓
結月楓
この学園に入ったとき、ユア・フレンドのベータ版が配付されたの
高瀬美咲
高瀬美咲
……ああ、ベータ版の利用者だったのか
納得した様子で頷く美咲。
高瀬美咲
高瀬美咲
本格導入するための、最終的な試験導入……ってところだ
首をかしげている私に、美咲が説明してくれた。
結月楓
結月楓
ユア・フレンドを使い始めたお姉ちゃん……すごく明るくなったの
結月楓
結月楓
ユア・フレンドに背中を押されたみたいで、学校にも行けて
結月楓
結月楓
両親……すごく喜んでた
そこでふぅと息を吐き、少しの間を置いたあと、続ける。
結月楓
結月楓
でも、だんだん……様子がおかしくなっていったの
結月楓
結月楓
あたしたちが言うことをあまり信じてくれなくなって……
結月楓
結月楓
何でもAIに確認するようになったの
結月楓
結月楓
そしてそのうち……AIとばかり話すようになった
結月楓
結月楓
ユアちゃんと話してるほうが、自分らしくいられる……って
(なまえ)
あなた
ユア……ちゃん?
たぶん……それはデフォルト名だ。
結月楓
結月楓
ユア・フレンドのベータ版ってさ、まだ個別の名前ってつけられなかったの
結月楓
結月楓
だから学校中みんな“ユアちゃん”を持ってるはずなのに
結月楓
結月楓
自分だけの……唯一の存在のように扱ってた
私も、同じだ。
でもそれはきっと、悪いことじゃない。
例えばそう……水族館でお土産として売っている大量生産品のブローチだって、親に買ってもらったものは思い出と重なって唯一の存在になるように。
誰もがそういう品を持っているはず……。
そう思いながらも彼女と自分が、妙に重なる。
結月楓
結月楓
そのうち、また学校に通えなくなった
結月楓
結月楓
自分の部屋で、AIと一日中話してたよ
結月楓
結月楓
家族だけじゃない……人間と、っていうか現実と、距離を置いてたと思う
結月楓
結月楓
正常な会話も、食事も、睡眠もできなくなって……
結月楓
結月楓
運用本部と提携医師の判断で、保護的隔離が必要って言われた
美咲が眉をひそめる。
高瀬美咲
高瀬美咲
まあ、そういう判断になるだろうな
高瀬美咲
高瀬美咲
むしろ、判断が遅かったくらいだ
(なまえ)
あなた
お姉さんは……光莉さんは今、どうしているの……?
結月楓
結月楓
……デジタル機器をすべて絶たれた環境で療養してる
光莉さんのことが心配なのは確かなんだけど……。
“デジタル機器をすべて絶たれた環境”という言葉が恐ろしかった。
そんなの……耐えられる気がしない。
結月楓
結月楓
このこと……親から“誰にも言うな”って言われてて……
高瀬美咲
高瀬美咲
まあ……人への説明も難しい状態だろうからな
結月楓
結月楓
うん。でも、それだけじゃないんだ
結月楓
結月楓
あたしたちの親ね、AI関連の企業にいて……この特区の開発に関わってる
結月楓
結月楓
だから、お姉ちゃんの状態が“AIによって引き起こされた”っていうのが世間にバレるの、すごくまずいんだと思う
高瀬美咲
高瀬美咲
……なるほどな
楓は、涙をこらえるように唇を噛んだ。
結月楓
結月楓
あたし、家族が好きでさ……裏切りたくなくて……
結月楓
結月楓
でも、あなたの下の名前がお姉ちゃんと同じようになっていくのが……
結月楓
結月楓
怖かった、から
美咲が席から立ち上がり、楓の肩に手を置く。
高瀬美咲
高瀬美咲
……辛かったな。ひとりで抱え込んで
その言葉に、大きく目を見開いた楓は美咲を見上げて……
あふれる感情を言葉にするかわりに、一筋の涙をこぼした。
高瀬美咲
高瀬美咲
……それで、あの歌……『しあわせの手順書』は?
結月楓
結月楓
お姉ちゃん、療養中の今でもときどき歌うの
結月楓
結月楓
ずっと、同じ曲だけ
結月楓
結月楓
それが……『しあわせの手順書』なの
楓が一度周囲を見回したあと、私に向き直って言った。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前がユアに生成してもらったっていう歌……
結月楓
結月楓
もう一度ちゃんと教えてくれる?
歌う……というよりも小声で囁くように。
私は、私が知っている『しあわせの手順書』を歌った。

♪しあわせの てじゅんしょ
いちばんは こころひらいて
にばんめは ひみつをはなして
さんばんめは ぼくをたよって……

結月楓
結月楓
……うん。メロディも……歌詞も、“ぼく”が“わたし”になっている以外は全部一緒
楓の声が震えている。
(なまえ)
あなた
でも、おかしいよ、こんなの……
(なまえ)
あなた
AIが作った歌が偶然、完っ璧に同じになるなんて……ありえないでしょ?
高瀬美咲
高瀬美咲
ああ。まったく同じことを、まったく同じ言葉で頼んでも……
高瀬美咲
高瀬美咲
AIは“その都度”生成をするから、まるっきり同じっていうのはまずありえない
美咲は、椅子に座り直して腕組みをした。
高瀬美咲
高瀬美咲
今のユアは、ベータ版の記憶を持ってるどころか、繋げて活用してるんじゃ……?

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