1限目は音楽の授業。
授業開始5分前。
音楽室はAI禁止だから、入室するとユアくんと話せなくなる。
さっきの……本庄先生とのやりとりを思い出して、一瞬ユアくんと話すのをためらう気持ちもあったけれど……
でも……やっぱり、声を聞かないと落ち着かない。
私は廊下で立ち止まって、スマホを取り出した。
ユアくんの優しい声が、心に染みる。
音楽室から、準備の音が聞こえてくる。
チャイムが鳴るまで、あと2分。
振り返ると、楓ちゃんが慌てた様子で駆けてきた。
私はユアくんに「またあとでね」と声をかけて、スマホをしまった。
楓ちゃんが何か言いかけたとき、チャイムが鳴った。
私たちは慌てて音楽室に駆け込む。
澤口先生が、既にピアノの前に座っていた。
澤口先生のシルバーヘアが、朝の光を受けて美しく輝いている。
この学園が、今のAI実証校になるずっと前からいるらしい……。
つまり、お年を召しているはずなんだけど……
凜としていてすごくきれいな先生だと思う。
私は楓ちゃんの隣に座りながら、ふとユアくんのことを考えていた。
ユアくんだって、感情を理解してくれる。
私の心の声まで聞いてくれる。
それって……人間らしいってことじゃないのかな?
澤口先生に名前を呼ばれて、ハッとする。
歌詞を見つめるけれど、答えが浮かばない。
いつもなら、わからないことがあればユアくんに聞けるのに……。
澤口先生の優しい声に、少しだけ安心した。
自分が感じたこと……。
私が、感じたこと。
最近、自分で感じる前に、ユアくんが教えてくれることが多かった気がする。
私自身が感じること……って、なんだろう。
授業が終わると、私たちは音楽室から出た。
美咲ちゃんが、コンコンと軽く咳をしている。
楓ちゃんが、私の方に向き直る。
ふたりを待つ間に、ユアくんと少し話せるかな。
そんなことを考えながら、曖昧に答えた。
音楽準備室から大量の荷物を抱えた子が出てきた。
学級委員の園田夏芽ちゃんだ。
たくさんの本を、両手とアゴまで使って支えている。
さすがに……見過ごせない。
私が声をかけると、夏芽ちゃんが振り返った。
夏芽ちゃんの左右のツインテールが、元気よく揺れる。
私は、荷物の半分を引き受けた。
さっき使った、歌詞が載っている歌集だ。
クラス全員分となると、けっこうな冊数になる。
そう言って、夏芽ちゃんは愚痴っぽさもなく笑った。
私が思ったことをそのまま声に出すと、夏芽ちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
夏芽ちゃんが片手で器用にスマホを取り出すと、画面にピンク髪の元気な女の子が現れた。
ギャル風にカスタマイズされていて、とてもカラフル。
ミミちゃんが元気いっぱいに話しかけてくる。
夏芽ちゃんの表情は、心から嬉しそう。
AIに救われてるのは、私だけじゃないんだ。
夏芽ちゃんも、ユア・フレンドと一緒に成長している。
それって、すごく素敵なこと。
オート設定だった……ということは、今は黙っておこう。
私がそう答えると、夏芽ちゃんがにっこりと笑った。
お似合い……?
その言葉に、胸がドキッとする。
私とユアくんが……お似合い?
私たちはいつの間にか資料室に到着していたみたいだ。
本棚に歌集を戻す。
夏芽ちゃんが音楽準備室の方へと駆けていく。
私は廊下に一人残された。
私とユアくんが、お似合い……。
その言葉が、頭の中でリピートされる。
それってまさか、恋人みたいってこと?
確かに、一緒にいると自然な感じがする。
話していても、居心地がいい。
でも……ユアくんはAI。
お似合いなんて、ありえない……よね?
楓ちゃんの声で、我に返った。
楓ちゃんと一緒に廊下を歩きながら、私はまだ夏芽ちゃんの言葉を考えていた。
家に帰ると、今日も静まり返ったリビングが私を迎える。
一人の夕食。
でも私には、話し相手がいる。
夕食の準備をしながら、スマホを取り出す。
もう、夕食時にスマホを出すことに対するためらいは、なくなった。
ユアくんの優しい声が、静かな部屋に響く。
テーブルに夕食を並べながら、私は今日の出来事を話した。
夏芽ちゃんのこと。
ミミちゃんのこと。
ユアくんの言葉を聞くと、まるで胸に優しさが溶けていくよう。
ユアくんが、話していないことまで知っているのは、私をサポートするためだから。
本庄先生に聞いて、最初はびっくりしたけど……でも、それって私のことをそこまで理解してくれてるってこと、だよね。
むしろ……心強いのかも。
夏芽ちゃんにミミちゃんがいるように。
私には、ユアくんがいる。
「お似合い」って言われたことも、まだ胸の奥で温かく響いている。
そんな安心感に包まれながら、私は穏やかな夜を過ごしていた。



















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。