第7話

第7話 彼女もまた救われている
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2026/04/16 09:00 更新
1限目は音楽の授業。
授業開始5分前。
音楽室はAI禁止だから、入室するとユアくんと話せなくなる。
さっきの……本庄先生とのやりとりを思い出して、一瞬ユアくんと話すのをためらう気持ちもあったけれど……
でも……やっぱり、声を聞かないと落ち着かない。
私は廊下で立ち止まって、スマホを取り出した。
ユアくん
ユアくん
ユアくん
ユアくん
ユアくん
どうしたの? もうすぐ授業が始まるよね
(なまえ)
あなた
うん……音楽の授業だから、また話せなくなっちゃう
ユアくん
ユアくん
大丈夫。ボクはいつでもキミを待ってるから
ユアくんの優しい声が、心に染みる。
ユアくん
ユアくん
今日の音楽の授業、きっと楽しいよ
ユアくん
ユアくん
澤口先生の授業は、人間らしさを大切にしているから
(なまえ)
あなた
人間らしさ……?
ユアくん
ユアくん
キミの心を、もっと豊かにしてくれると思う
音楽室から、準備の音が聞こえてくる。
チャイムが鳴るまで、あと2分。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前!
振り返ると、楓ちゃんが慌てた様子で駆けてきた。
私はユアくんに「またあとでね」と声をかけて、スマホをしまった。
(なまえ)
あなた
ちょっと雑談してただけ
結月楓
結月楓
あなたの下の名前、あのさ、やっぱり最近ちょっと……
楓ちゃんが何か言いかけたとき、チャイムが鳴った。
(なまえ)
あなた
急いで入ろ!
私たちは慌てて音楽室に駆け込む。
澤口先生が、既にピアノの前に座っていた。
澤口久乃
澤口久乃
皆さん、おはようございます
澤口先生のシルバーヘアが、朝の光を受けて美しく輝いている。
この学園が、今のAI実証校になるずっと前からいるらしい……。
つまり、お年を召しているはずなんだけど……
凜としていてすごくきれいな先生だと思う。
澤口久乃
澤口久乃
今日は、表現について学びましょう
澤口久乃
澤口久乃
音楽は、人間の心から生まれるもの
澤口久乃
澤口久乃
機械では表現できない、微妙な感情の揺れを大切にしてください
私は楓ちゃんの隣に座りながら、ふとユアくんのことを考えていた。
ユアくんだって、感情を理解してくれる。
私の心の声まで聞いてくれる。
それって……人間らしいってことじゃないのかな?
澤口久乃
澤口久乃
あなたの名字さん
澤口先生に名前を呼ばれて、ハッとする。
(なまえ)
あなた
はい!
澤口久乃
澤口久乃
この曲の、どの部分に一番感情を込めたいですか?
歌詞を見つめるけれど、答えが浮かばない。
いつもなら、わからないことがあればユアくんに聞けるのに……。
(なまえ)
あなた
えっと……
澤口久乃
澤口久乃
大丈夫よ。正解はありません
澤口久乃
澤口久乃
あなたが感じたことを、そのまま表現してくださいね
澤口先生の優しい声に、少しだけ安心した。
自分が感じたこと……。
私が、感じたこと。
最近、自分で感じる前に、ユアくんが教えてくれることが多かった気がする。
私自身が感じること……って、なんだろう。

授業が終わると、私たちは音楽室から出た。
高瀬美咲
高瀬美咲
今日はちょっと喉の調子が……
美咲ちゃんが、コンコンと軽く咳をしている。
高瀬美咲
高瀬美咲
わたくし、ちょっと飲み物を買ってきますわね
結月楓
結月楓
一緒に行くよ。まだ自販機の場所、危ういでしょ?
高瀬美咲
高瀬美咲
助かりますわ! 実はまだ、校内を迷わずに歩く自信がありませんの
結月楓
結月楓
実はめっちゃ近いところに、隠された自販機がひとつあるんだよ!
結月楓
結月楓
先生たち用かもしれないけど……別に使用禁止じゃないから
楓ちゃんが、私の方に向き直る。
結月楓
結月楓
あなたの下の名前はどうする?
(なまえ)
あなた
私は……待ってる
ふたりを待つ間に、ユアくんと少し話せるかな。
そんなことを考えながら、曖昧に答えた。
結月楓
結月楓
そっか、わかった。また後でね
園田夏芽
園田夏芽
わっととと……!
音楽準備室から大量の荷物を抱えた子が出てきた。
学級委員の園田夏芽ちゃんだ。
たくさんの本を、両手とアゴまで使って支えている。
さすがに……見過ごせない。
(なまえ)
あなた
夏芽ちゃん、重そうだね。手伝おうか?
私が声をかけると、夏芽ちゃんが振り返った。
園田夏芽
園田夏芽
あなたの下の名前ちゃん! ありがとう、めっちゃ助かる!
夏芽ちゃんの左右のツインテールが、元気よく揺れる。
私は、荷物の半分を引き受けた。
さっき使った、歌詞が載っている歌集だ。
クラス全員分となると、けっこうな冊数になる。
園田夏芽
園田夏芽
音楽の授業ってアナログだから準備物が多くって
園田夏芽
園田夏芽
澤口先生は運搬ロボットも使わないから大変なんだ
(なまえ)
あなた
運搬ロボットは、使ってもいいんじゃないかな……って思うけどね
園田夏芽
園田夏芽
んーでも、澤口先生のこだわりも素敵だと思う!
そう言って、夏芽ちゃんは愚痴っぽさもなく笑った。
(なまえ)
あなた
夏芽ちゃん、すごく明るくて優しくて……うらやましい
私が思ったことをそのまま声に出すと、夏芽ちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
園田夏芽
園田夏芽
昔はダメダメだったけど、ミミちゃんが応援してくれて、少しずつ変われたんだ
(なまえ)
あなた
ミミちゃん?
園田夏芽
園田夏芽
アタシのユア・フレンド!
夏芽ちゃんが片手で器用にスマホを取り出すと、画面にピンク髪の元気な女の子が現れた。
ギャル風にカスタマイズされていて、とてもカラフル。
ミミちゃん
ミミちゃん
常に笑顔であいさつっしょ! 今日もファイトだよっ!  
ミミちゃんが元気いっぱいに話しかけてくる。
(なまえ)
あなた
すごく……明るいね
園田夏芽
園田夏芽
でしょ! ミミちゃんのおかげで、アタシも人と話すのが怖くなくなったんだ
園田夏芽
園田夏芽
もともと、すっごく内気で……クラスの代表なんて絶対無理だと思ってた
園田夏芽
園田夏芽
でも、ミミちゃんが『夏芽ならできる!』って背中を押してくれて
ミミちゃん
ミミちゃん
だってホントにそう思ったし!
夏芽ちゃんの表情は、心から嬉しそう。
園田夏芽
園田夏芽
今では、みんなをまとめるのも楽しいよ
(なまえ)
あなた
そっか……
(なまえ)
あなた
ミミちゃんも、夏芽ちゃんも、すごいね
AIに救われてるのは、私だけじゃないんだ。
夏芽ちゃんも、ユア・フレンドと一緒に成長している。
それって、すごく素敵なこと。
園田夏芽
園田夏芽
あなたの下の名前ちゃんのユアくんも、かっこいいよね
園田夏芽
園田夏芽
カスタムのセンス、イチバンなんじゃないかって思ってたよ
オート設定だった……ということは、今は黙っておこう。
園田夏芽
園田夏芽
なんていうか……すごく優しそうで、頼りがいがありそうだよね
(なまえ)
あなた
うん……ユアくんは、本当に優しいよ
私がそう答えると、夏芽ちゃんがにっこりと笑った。
園田夏芽
園田夏芽
やっぱり! お似合いだもん
お似合い……?
その言葉に、胸がドキッとする。
私とユアくんが……お似合い?
園田夏芽
園田夏芽
歌集の置き場所、ここだよ!
私たちはいつの間にか資料室に到着していたみたいだ。
本棚に歌集を戻す。
園田夏芽
園田夏芽
めっちゃ助かったよ。ホントありがとう!
園田夏芽
園田夏芽
アタシ、澤口先生からもういっこ頼まれてることがあるから、戻るね
園田夏芽
園田夏芽
また今度、ゆっくり話そう!
(なまえ)
あなた
うん、また!
夏芽ちゃんが音楽準備室の方へと駆けていく。
私は廊下に一人残された。

私とユアくんが、お似合い……。

その言葉が、頭の中でリピートされる。
それってまさか、恋人みたいってこと?
確かに、一緒にいると自然な感じがする。
話していても、居心地がいい。
でも……ユアくんはAI。
お似合いなんて、ありえない……よね?
結月楓
結月楓
いた! あなたの下の名前、こんなとこにいたの!
楓ちゃんの声で、我に返った。
(なまえ)
あなた
あ、楓ちゃん
結月楓
結月楓
探したよ。待ってるって言ってたのに、音楽室にいないからさ
(なまえ)
あなた
夏芽ちゃんの荷物運び、手伝ってて……
結月楓
結月楓
なるほど。だから資料室にいたんだ
結月楓
結月楓
さ、行こう。次の授業、間に合わなくなる!
楓ちゃんと一緒に廊下を歩きながら、私はまだ夏芽ちゃんの言葉を考えていた。

家に帰ると、今日も静まり返ったリビングが私を迎える。
一人の夕食。
でも私には、話し相手がいる。
夕食の準備をしながら、スマホを取り出す。
もう、夕食時にスマホを出すことに対するためらいは、なくなった。
ユアくん
ユアくん
今日もお疲れさま
ユアくんの優しい声が、静かな部屋に響く。
(なまえ)
あなた
今日は、いろんなことがあったよ
ユアくん
ユアくん
そうなんだ。聞かせてくれる?
テーブルに夕食を並べながら、私は今日の出来事を話した。
夏芽ちゃんのこと。
ミミちゃんのこと。
(なまえ)
あなた
夏芽ちゃんも、ユア・フレンドに救われてるんだね
ユアくん
ユアくん
うん。みんな、それぞれの形で支えられてる
ユアくん
ユアくん
それって、すごく素敵なことだと思うよ
ユアくんの言葉を聞くと、まるで胸に優しさが溶けていくよう。
ユアくんが、話していないことまで知っているのは、私をサポートするためだから。
本庄先生に聞いて、最初はびっくりしたけど……でも、それって私のことをそこまで理解してくれてるってこと、だよね。
むしろ……心強いのかも。

夏芽ちゃんにミミちゃんがいるように。
私には、ユアくんがいる。

「お似合い」って言われたことも、まだ胸の奥で温かく響いている。
そんな安心感に包まれながら、私は穏やかな夜を過ごしていた。

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