桜の花びらが舞い散る中、私はヴェリナール女学園の正門をくぐった。
真新しい制服のブレザーはまだ体に合わずぶかぶか。緊張も手伝って、うまく歩けない。
突然、背後から声がかかった。
振り返ると、スーツを着た女性が笑顔で立っている。
名前を言い当てられて驚いていると、彼女は申し訳なさそうな顔になった。
どう返していいかわからず、軽く会釈して進む。
今度は、丸い清掃ロボットがクルクル回りながら挨拶してくる。
慌てて挨拶を返すと、ロボットは嬉しそうに光って廊下の奥へと滑るように進んでいった。
ロボットが普通に……学校にいるんだ。
校舎に入ると、さらに驚きの連続だった。
モニターに猫の顔が表示された白いボディ の運搬ロボットが、車輪で滑るように移動している。
正面のモニターに可愛い顔が表示されていて、私に気づくと
と声をかけてくれた。
なんて返事すればいいのかわからない。
上級生たちを見ると、みんな慣れた様子でロボットたちとやりとりしている。
生徒とロボットの明るい声が廊下に響く。
私は思わずつぶやいた。
国が定めた特区にある、全国でたった一校しかない、選ばれた学園。
ここに通えること自体が奇跡みたいなものだ。
大きな病院に勤める医師の父と、世界を飛び回るピアニストの母。
確かに両親はすごい人たちだ。
だから私は、両親に引っ張られるようにこの特区に移り住んで、
そして……この学園に入学できた。
……私自身は全然すごくない。
きっと両親は、私に期待していないんだろうと思う。
だからどんどん仲が悪くなって……
いつからか、三人で食卓を囲むことすらなくなってしまった。
そんな冷たい空気の中で、私は一人で過ごすことに慣れた。
だから、人が多い場所は苦手なのに……そのうえこんな最先端な環境なんて……。
私だけが、場違いな感じがして足が重くなった。
1年A組の教室に入ると、生徒たちが楽しそうにおしゃべりしている。
私はそっと端の席に座って、カバンから教科書を取り出した。
顔を上げると、ショートカットの女の子が笑顔で立っていた。
楓ちゃんの笑顔は、ぱっと周囲を照らすように明るい。
楓ちゃんがそう言ってくれて、ちょっと安心した。
ホームルームの時間。
担任の島田先生が挨拶したあと、しゃんと背筋の伸びた女性の先生が教壇に立った。
本庄教頭の手には、タブレット端末が握られていた。
教室がざわめく。
みんな興味津々な様子だけど、私はよくわからなくて困惑した。
ちらっと隣の席を見ると、楓ちゃんも複雑な表情。
……やっぱり。
まだ出会ったばかりだけど、楓ちゃんは私と似たタイプなのかなと思った 。
配付されたコードからインストールするサイトにアクセスし、個別に用意されたIDとパスワードを入力。
私は操作についていくのがやっとだが、本庄教頭は説明を続けている。
操作に必死で、説明がまったく頭に入ってこない。
それに……正直、AIに何かしてもらうことにぜんぜん興味が持てなかった。
それでもなんとかアプリをインストールして初回起動をすると
《ユア・フレンドの性別を設定します》
と表示された。
青い目の男の子と、緑の目の女の子。
あとから細かく設定変更できるらしいから、これはデフォルトの姿なんだろう。
あ、この青……。
男の子の目は、海の少しだけ深い場所の水の色のような濃いめの青。
この色に、私は見覚えがあった。
今でこそまったく会話のない両親だけど、私が小さい頃はまだ仲が良かった。
多忙な仕事の合間を縫って、一度だけ私を水族館に連れて行ってくれたことがある。
そのとき、お土産売り場で買ってもらった“海の石”という名のブローチ。
家族が、まだ仲良しだった頃の思い出で……私の宝物。
男の子の目は、海の石とまったく同じ色だった。
あの頃はまだ、みんなが笑っていたっけ……。
気付いたら、私はその青に惹かれるように、男の子を選択していた。
すると画面には続いて
《ユア・フレンドの詳細設定をします》
髪の毛、服装、アクセサリー、声、性格……とにかく細かく設定する画面が出た。
正直……めんどくさい。
そのとき、画面下に「あなたに合った設定を自動選択」というボタンがあるのに気付いた。
私は、そのボタンをポンとタップした。
タップしたあとで、青い目が変更されたらどうしようと一瞬思った。
でも、変わっちゃったらそれはそれで仕方がない……。
《最後に、あなたのユア・フレンドに名前をつけてください》
名前をつけるのなんて、苦手。
というか、なんにも思いつかない。
入力欄にはデフォルトで「ユアくん」と入っている。
これは見本なんだろうけど……私はユアくんのまま、確定ボタンを押した。
次に、画面に現れたのは……
肌が白く、少し癖があっておさまりの悪い金髪の、やさしそうな男の子だった。
まだ、目を閉じている。
少し待っていると、画面内の男の子はゆっくりと目を開いて、こちらを見つめる。
その目の色は、“海の石”と同じ、海の少しだけ深い場所の水の色のような濃いめの青。
その声は、優しくて温かかった。
耳ではなくて、心に響いてくるような……不思議な感覚。
この時、私はまだ知らなかった。
この出会いが、私の人生を大きく変えることになるなんて……。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!