一霖が聞いたことに答えると、ユリはみんなにも聞こえるように大きめの声で改めて言う。
ユリが豆知識を呟くように何気に大事な事をどんどん言うと、今度は何事も無かったように試合を見ながらポップコーンを食べ始めた。
千早がユリの言ったことを要約して独り言として呟くが、内容があまりにもぶった切っている。
一霖の返事を聞いて、俺はコートに視線を移す。
試合は何も動いていなかった。
能力を考えることに必死なのか2人とも悩む素振りを見せるだけ。
なんと酒葉さんは対戦相手である草鹿君に近付き、自分の能力について聞いた。
楽しいのか大笑いするユリ。
普通にコートの真ん中で相談している2人はどう見ても戦う雰囲気ではなかった。
真ん中で話し合っているとふいに酒葉さんが草鹿君の言葉に頷く。
そして酒葉さんが手を地面に向けると、何もなかった地面から丈夫そうなツタが物凄いスピードで伸びて自由自在に動き回っていた。
いきなりの降参宣言に審判の捺袮が驚く。
驚くのは俺達もだった。
前の座席に足を乗せるユリがこっちを見るなり、コートを何回も指して急かしてくる。
次は誰だ?てか、ユリ達も誰と誰が戦うのかまでは知らないのか…
そんなことを思っていると、はいはい…と言いながら四月一日君が立ち上がった。
そう言って、四月一日君は怖がったり怯える様子も無く、コートへと向かった。
その四月一日君とすれ違って、酒葉さんと草鹿君が戻って来る。
呆れた千早が酒葉さんに向かって何か言おうとしていたが、諦めたのか溜息を1回ついただけだった。
一方、対戦相手であった草鹿君の方では…
代々木先輩に少し苦笑して返すと、草鹿君の視線は成瀬さんの持つぬいぐるみに移す。
確かにさっきまで成瀬さんはぬいぐるみなんて持っていなかった。意外と大きいし…
座席の上に乗ると、成瀬さんはドラゴンの尻尾を代々木先輩の腰のベルトに結び付けていた。
ここまで来ると、優しさの押し売りだ。
その言葉にニッと笑った成瀬さんは結んでいたのを解き、代々木先輩に渡す。
代々木先輩は諦めたような疲れたような顔をしてドラゴンをだっこしていた。
一霖が騒ぐ成瀬さん達からコートを見る。
俺もつられて、コートを見ると試合が始まろうとしているところだった。
捺袮が悩み出したヒントは"色"と"動く"。
両方何とも言えない感じがする。
四月一日君はあの"色"という短い言葉だけで能力まで辿り着けるといいけど…
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。