第371話

支えさせてください
34,055
2020/06/07 10:10
あなた「っ、私行ってくる!」


谷地「うん!」



コーチと一緒に体育館を出ていく澤村先輩を視界の端に収めて、急いでギャラリーから降りる。



上からだとよく分からなかったけど……結構な勢いで田中先輩とぶつかってた。


歯も折れてるみたいだし、脳震盪でもおこしてたら……。




あなた「、お兄ちゃ_____」



階段を降りようとしたところで、ちょうど遭遇した。



及川「澤村クンのとこ?」


あなた「うん……」
 

岩泉「……そうか」



2人共、ぎこちなく頷いた。



及川「ピンチ、だね」


あなた「…………大丈夫だよ」


岩泉「代わるウイングスパイカー居るのか?」


あなた「うん_____。“お父さん”はもう1人、いるから」


及川「??」



……よろしくお願いします。






縁下先輩_____。






廊下に出るとすぐに、医務室に向かう2人の背中が見えた。


私の走る足音で2人とも振り向いて、こちらを見る。



澤村「あなた……」


あなた「澤村先輩……っ」



追いついて、血の滲んだタオルと新しいタオルを交換した。


医務室で検査を受けて、脳震盪の心配は無いと告げられた。



「しかし……出血も多いですし大事をとってしばらく休むことをお勧めします」


澤村「……!俺はっ_____」


烏養「休ませてもらえ」

 

歯痒い気持ちは分かる。

でも今は、無理をして試合に出るべきではないから。



腰を浮かせた澤村先輩を座らせたコーチの顔にも、影が差した。



澤村「……っ、」


顔を歪めて、顔に添えたタオルをギュッと握る。


烏養「あなた、ここ頼む。俺は試合に戻るから___」


あなた「あ、あの」


 
私たちを置いて医務室から出ていくコーチを追いかけて、一旦廊下に出た。




あなた「あの1番さんの対策なんですけど____」
   


澤村𝓈𝒾𝒹𝑒.°




ベッドに横になって、歯が折れてしまったところを舌で覆った。


ジンジンと痛んで、感覚が途絶えそうだ。



でもそれよりなにより、今この状況がどうしようもなく苦痛で仕方がない。



クソ…………俺の、馬鹿野郎……。





あなた 𝓈𝒾𝒹𝑒.°



コーチに伝えてから、医務室に戻った。


ベッドには澤村先輩が横たわっていて、タオルを顔に乗せて額に乗せた腕に力が入っている。


硬く握っている拳が、プルプルと震えている。



……悔しいよね。


「分かる」なんて、そんな軽はずみな事は言えない。


菅原先輩から、いつか聞いたんだ。


先輩たちが烏野に入った頃。


烏野が強豪と呼ばれた時代が丁度過去となり、憧れや理想とのギャップに打ちのめされそうになった事。


でも澤村先輩は、どんな時でも自分たちを引っ張ってくれたって。



烏野が、また全国の舞台に返り咲くように……。


2度と、“飛べない烏”なんて揶揄されないように。





何も、声をかけることができなくて。


あまりに小さく見えたその拳を、そっと握ると震えが止まった。



澤村「…………、戻ってて、いいぞ」



私をチラッと見て、またタオルを顔に被せる。




あなた「……いえ」



乗せた手を離さずに、椅子に座った。



澤村「ほんとに、いいから_____」


あなた「昨日、約束したばっかりじゃないですか」


澤村「……?」


あなた「“先輩がピンチになったら、私が支える”って」


澤村「……っ!」



ピク、と、手が動いた。



あなた「先輩の大きな背中に守られて、私達はここに居ます。……だから今は、ゆっくり休んでください。次の試合に出るために、出て、勝って、決勝も勝って、全国に行くために_____」




澤村先輩はゆっくりと頷いて、額に乗せていた手で私の手をギュッと握った。


その手は、やっぱり大きくて、それでいて、か細くて。




あなた「大丈夫です……先輩には皆が居ますから……」



私が思いつく限りの言葉を並べる度に、形を確かめるように優しく握られた。

プリ小説オーディオドラマ