あなた「っ、私行ってくる!」
谷地「うん!」
コーチと一緒に体育館を出ていく澤村先輩を視界の端に収めて、急いでギャラリーから降りる。
上からだとよく分からなかったけど……結構な勢いで田中先輩とぶつかってた。
歯も折れてるみたいだし、脳震盪でもおこしてたら……。
あなた「、お兄ちゃ_____」
階段を降りようとしたところで、ちょうど遭遇した。
及川「澤村クンのとこ?」
あなた「うん……」
岩泉「……そうか」
2人共、ぎこちなく頷いた。
及川「ピンチ、だね」
あなた「…………大丈夫だよ」
岩泉「代わるウイングスパイカー居るのか?」
あなた「うん_____。“お父さん”はもう1人、いるから」
及川「??」
……よろしくお願いします。
縁下先輩_____。
廊下に出るとすぐに、医務室に向かう2人の背中が見えた。
私の走る足音で2人とも振り向いて、こちらを見る。
澤村「あなた……」
あなた「澤村先輩……っ」
追いついて、血の滲んだタオルと新しいタオルを交換した。
医務室で検査を受けて、脳震盪の心配は無いと告げられた。
「しかし……出血も多いですし大事をとってしばらく休むことをお勧めします」
澤村「……!俺はっ_____」
烏養「休ませてもらえ」
歯痒い気持ちは分かる。
でも今は、無理をして試合に出るべきではないから。
腰を浮かせた澤村先輩を座らせたコーチの顔にも、影が差した。
澤村「……っ、」
顔を歪めて、顔に添えたタオルをギュッと握る。
烏養「あなた、ここ頼む。俺は試合に戻るから___」
あなた「あ、あの」
私たちを置いて医務室から出ていくコーチを追いかけて、一旦廊下に出た。
あなた「あの1番さんの対策なんですけど____」
澤村𝓈𝒾𝒹𝑒.°
ベッドに横になって、歯が折れてしまったところを舌で覆った。
ジンジンと痛んで、感覚が途絶えそうだ。
でもそれよりなにより、今この状況がどうしようもなく苦痛で仕方がない。
クソ…………俺の、馬鹿野郎……。
あなた 𝓈𝒾𝒹𝑒.°
コーチに伝えてから、医務室に戻った。
ベッドには澤村先輩が横たわっていて、タオルを顔に乗せて額に乗せた腕に力が入っている。
硬く握っている拳が、プルプルと震えている。
……悔しいよね。
「分かる」なんて、そんな軽はずみな事は言えない。
菅原先輩から、いつか聞いたんだ。
先輩たちが烏野に入った頃。
烏野が強豪と呼ばれた時代が丁度過去となり、憧れや理想とのギャップに打ちのめされそうになった事。
でも澤村先輩は、どんな時でも自分たちを引っ張ってくれたって。
烏野が、また全国の舞台に返り咲くように……。
2度と、“飛べない烏”なんて揶揄されないように。
何も、声をかけることができなくて。
あまりに小さく見えたその拳を、そっと握ると震えが止まった。
澤村「…………、戻ってて、いいぞ」
私をチラッと見て、またタオルを顔に被せる。
あなた「……いえ」
乗せた手を離さずに、椅子に座った。
澤村「ほんとに、いいから_____」
あなた「昨日、約束したばっかりじゃないですか」
澤村「……?」
あなた「“先輩がピンチになったら、私が支える”って」
澤村「……っ!」
ピク、と、手が動いた。
あなた「先輩の大きな背中に守られて、私達はここに居ます。……だから今は、ゆっくり休んでください。次の試合に出るために、出て、勝って、決勝も勝って、全国に行くために_____」
澤村先輩はゆっくりと頷いて、額に乗せていた手で私の手をギュッと握った。
その手は、やっぱり大きくて、それでいて、か細くて。
あなた「大丈夫です……先輩には皆が居ますから……」
私が思いつく限りの言葉を並べる度に、形を確かめるように優しく握られた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。