第458話

アイコンタクト
26,511
2020/09/14 12:00
花巻𝓈𝒾𝒹𝑒.°


携帯屋で機種変をしていたら、隣のブースで話している婆さんの会話が聞こえてきた。



老婆『だからね、今日は孫の嫁がうちに来るんじゃ〜』


店員『そうなんですか〜。それでしたらカメラ機能が充実しているこちらがオススメです。ひ孫さんが産まれましたらたくさん写真を撮ってあげられますよっ』


老婆『ほぉ……そうじゃなぁ』





何とも幸せそうな会話で、俺の心境との格差に少し萎えた。


機種変はすぐ終わって、LINEの引き継ぎも完了してから店を出て。



コンビニに寄ってさて帰ろうとした時、歩道橋を渡ろうとしていた足のおぼつかない老人が目に入った。




花巻『!危ないっ!』





予想通りよろついてこけそうになったのを、何とか支える。


よく見ると、さっきの幸せそうな会話をしていた婆さんだった。





老婆『すまないねぇ……。恥晒しちまって、』


花巻『いえ……。足、痛めてないですか?』


老婆『平気さ______痛たたたたた!』





どうやら捻挫したようだ。


どうしたものかと少し迷った。


まぁ特に用事もないし、この婆さんが歩いてきた距離くらいなら平気だろう。





花巻『俺、おぶりますよ』


老婆『いやだよ。それこそ恥じゃないかっ』


花巻『え、でも歩くのしんどいでしょ?』


老婆『平気さこんなのっ。私がそんなヤワに見えるかい』




苦手なタイプだ、と思った。




花巻『……無理して帰って足が悪化したら、お孫さんの奥さんに会えませんよ?』


老婆『……』


花巻『あ、すみません。携帯ショップでたまたま隣にいて……』


老婆『……そうじゃなぁ。なら、お願いしようかね』





余程楽しみにしていたようで、ようやく受け入れてくれた。




思っていたより早くそのお家に着いて、帰ろうとするとお茶をして行けと娘さんに言われ、流されるままお邪魔していた。




老婆『孝支はまだかい?』




話によるとどうやらお孫さんが奥さんを連れてきている最中らしく、鉢合わせしないうちに帰ろうとしたその時。




なにやら開いた玄関から、聞き覚えのある声がして。





あなた『______、』


花巻『……は?』





状況の整理は、全くつかなかった。




あなた 𝓈𝒾𝒹𝑒.°



まずい、どうしよう……。


いや、今は花巻くんに現状を伝えるより先に、お婆さんになんて説明するかだ……。



多分"友達"じゃ切り抜けられない。


菅原先輩曰く硬い人らしいし……それなら。




菅原祖母「?なんだい。知り合いかい?」


花巻「あ……」


あなた「っ、お兄ちゃん!?なんでここ居るのっ!?」


菅原「!!!?」





舐めんな……こちとら中学の頃から花巻くんとはアイコンタクトで会話する仲なんだよ!!


うるさい徹くんと、それを叱るお兄ちゃんと、何考えてるか分かんない松川くんと。


その中に放り込まれた比較的普通な私達が編み出した必殺技。




あなた「(お願いお兄ちゃんって事にして頼むからそうじゃないと困る後で説明する!!)」


花巻「(……!)あなた、なんでお前こそここに……」


菅原「!!!?」





流石花巻くん。必死の目力に合わせてくれた。





菅原母「あらあら?兄妹なの!?つまり……お母さんを助けてくれた男の子……の、妹さんが孝支の彼女って事ね!?」


あなた「ごめんねお兄ちゃん……バレーに集中してほしくて、孝支くんとおつき合いさせてもらってるの言えてなかったんだ……(ちょっと外出て話そう)」


花巻「(ああ。そうだな)……はぁ。にしてもこんな突然彼氏だって言われて納得できる訳ねぇだろ?……すみません。少しだけ妹と話してきてもいいですか?ちょっと混乱してて……」


菅原祖母「構わないよっ。支度しておくから、話が終わったら戻っておいで」




おばあさんは、思っていたより優しそう。


花巻くんに向ける目には信頼感がこもっていて、余程助けられたんだなと思った。








花巻くんと一旦外に出て、ようやく一息。




あなた「ふぅぅ……ごめん。急にこんな、」


花巻「……あれって烏野の2番だろ?付き合ってたなんて知らなかった」


あなた「!いや、えっとね。そうじゃなくて______、?」





隣に立つ花巻くんの目が、なんだかとても哀しそうで。


私の視線に気が付いてそっぽを向くと、「じゃあ、何」と呟く。




あなた「あのね……実は、」




菅原先輩からの依頼、そしておばあさんの性格上兄妹に徹するしかなかったと説明。


初めは納得してないのか、「だからって……」と口を尖らせていたけど、ため息をついて頷いてくれた。




花巻「ま、じゃあ俺はもう帰るわ」


あなた「……うん。ほんと、ごめん」


花巻「………………いや。俺も」


あなた「、!」





頭を下げると、首の後ろに手を当てて視線を落とす。





花巻「昨日のこと……謝ろうと思った。今度ちゃんと話したいから……いい?」


あなた「……うん。私も、話したいって思ってる」






正直どんなタイミングだとは思ったけど、結果的にLINEで話しかけるよりスムーズに事が運んだ気がする。



花巻くんの荷物がリビングにあるそうなので、一旦2人で戻った。


花巻「じゃあ、妹をよろしくお願いします。帰る時は迎えに来るんで」


あなた「!?」




打ち合わせにないとんでも発言に驚いたけど、話す機会はないといけないし丁度いいのかな?と半ば納得。




菅原母「何言ってるの〜もうっ!」


花巻「……え?」





取皿を持ってきて食卓に並べ始めた菅原先輩のお母さんが、クスクス笑った。


そして、ソファーに腰掛け菅原先輩にシップを貼ってもらっている最中だったおばあさんが、こちらに振り向いた。




























菅原祖母「アンタも食べて行きな。将来的に家族になるやも知れんじゃろ」





……そこまでは考えてなかった。

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