第375話

困るコト
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2020/06/09 13:33
岩泉𝓈𝒾𝒹𝑒.°


及川「ね、岩ちゃん」

岩泉「あ?」



及川はボールを指の上で転がしながら、天を仰いだ。



及川「あなたに告白するって言ったらさ、怒る?」



いつもの軽いノリで発せられた質問に、「試合前にバカなこと言ってんじゃねぇ」と殴ろうと思ったけど止めた。

及川の目は、試合中のそれだったから。



岩泉「_____俺に怒る資格ねぇよ」

及川「でも誰かがあなたに寄ってったら、怒るじゃん」

岩泉「半端な気持ちしかねぇやつに妹を渡せるわけねぇだろ。お前のあなたへの気持ちが半端じゃねぇ事は、俺が1番よく分かってる」



こんな事、こいつに言う事なんてもうないと思っていた。

高校を卒業したら。

引退したら。


もう、あなたの事は忘れるもんだと思っていた。



及川「……そっか」

岩泉「ま、あなたを好きにならねぇ方がおかしいからな」

及川「ほんっとシスコンすぎない〜?」



ケラケラ笑って、結局本気で言っているのかどうなのかわからないまま、ストレッチに戻った。


あなた 𝓈𝒾𝒹𝑒.°


あまりに泣きじゃくる物だから、武田先生に促されて廊下に出た。


あなた「ぅう……ごめんなさい」


武田先生はふわっと笑って、私にティッシュを差し出しながら諭すように言った。


武田「辛いですよね。自分が今まで見てきた、応援してきたお兄さんと……自分のチームメイト、どちら共応援したいからこそ……」 


コクコク頷いて、涙が助長された。


あなた「っでも私は……私は、烏野だから……なのに、勝ちたいのに、お兄ちゃんにも負けて欲しくなくて……こんな、こんな気持ち、皆に申し訳_____」


武田「____キミのチームメイトは、君のしたい事を尊重してくれないと思いますか?」


あなた「……!」



1つトーンを落とした口調に、身が強張った。



武田「マネージャーである、チームメイトであるキミが……「自分の兄も応援したいんだ」と言って、それを頭ごなしに全否定する人達だと思いますか?」


あなた「……思いません」



思わない。


きっと、皆私がそうしたいって言ったら、許してくれる。


でも、だからこそ……。




武田「それならあとは、キミ自身がどうしたいかです。……まだ時間があるから、お兄さんのところに行ってきてはいかがですか?何かスッキリすることもあるかもしれませんよ」



そう言ってニコッと微笑むと、「皆には僕から言っておきますから」と曲げた腰を伸ばした。






青城組が控えている体育館の扉の隙間から中を覗くと、各々がストレッチをこなしていた。


お兄ちゃんの背中が見えて、息を飲んだ。




……やっぱり、引き返_____。



及川「あなたっ?」

あなた「!!?」



トイレから戻ってきたのだろうか。

花巻くんと徹くんが背後に現れ、突然の事に飛び跳ねてしまった。



花巻「なんだよ、敵情視察かぁ?」


茶化すように肩に腕を回されて、「いや違っ」と否定しようとしたところでお兄ちゃんが扉を中から開けた。



岩泉「……どうしたよ」


試合前の緊張感はやっぱりこっちの体育館でも同じで、勿論お兄ちゃんからもそれが感じられた。


あなた「……あの、」


一気に、声が出なくなって。

何か言おうとすると息が震えて、今にも涙が再出しそうで。



そんな私を見かねてか、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。



岩泉「お前は、ちゃんとマネージャーしてればいいんだよ」


あなた「……!!」



全てを見透かしたかのような言葉に、絶句した。



あなた「……っでも、私は……私、お兄ちゃんとっ、徹、くんに……皆に、も、勝って欲しくて……だけど、烏野だから……烏野の皆にも勝って欲しいから、応援、できない、けど……」



言っている事全部が矛盾していて、それは自分で1番よく分かっていて。


涙が止まらなくて、もう自分がなんで泣いているのかも分からなくなって。



及川「俺はあなたに応援して欲しいけどねぇ?」


岩泉「っ、おい!」




徹くんの発言を遮るお兄ちゃんは、その表情を見て視線を泳がせた。


徹くんはいたって真剣な顔で、当然のようにその言葉を続けた。



及川「ここで嘘ついちゃってもしょうがないでしょ?俺はあなたに応援して欲しいよ。今まで俺達のこと見てきてくれてたわけだしね?」


岩泉「…………、」



小さくため息をついたお兄ちゃんは、私の頭に置いた手をそっと離して首の後ろを掻いた。




岩泉「俺だって……当然その気持ちはある」


あなた「…………っ」




及川「だから、さ_____」



そっと私の両頬に手を添えて、上を向かせるとコツンと額同士をぶつけた。



及川「“いつも通り”、楽しみながら俺たちのバレー見てよ。凄かったら褒めて、失敗したら焦って、笑うとこは笑って……?我儘で、あなたが困るのは分かってるけど……俺の望みはそれだけだから」



そう言って、額を離すと間にすかさずお兄ちゃんが入ってきた。



岩泉「わりい」


お兄ちゃんは苦しそうに唇を噛み締めて、私を見据えた。


岩泉「本音言うと、応援して欲しい。烏野スタンド側にいたっていいから、俺らのバレーを応援してくれ」



……多分初めて、私にとって困る事を口にしたと思った。


今まで過保護すぎるくらいに守られてきて、私の傷つくことや困ることは言ってこなかったお兄ちゃんが……。




だからこそ、やっぱり応援したいと思った。


どっちにとって最後になるか分からない試合で、言い換えればどっちかは終わる試合で、多分どんな結果になってもこのままだと私は後悔を残す事になるだろう。


だからせめて、この2人だけはちゃんと……。












あなた「_____分かった」

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