「…大野先輩っ。」
「…何?俺に用があったの?」
温度のない目。それは、朝、向けられたものと何も変わっていない。
でも、決して嫌われてるとか、拒絶されてるわけではない。
とはいえ。
用があった、というのは微妙に違う気がした。考えなしに、無意識のまま、ここまで来てしまったから。
「…あ、えっと、ですね…。」
「…まぁ、立ち話もなんだし。嫌じゃないならついてきたら。」
クルリ、と背を向けて歩き出す先輩。
ついてって、良いんだよね…。
(あれ…)
大野先輩、歩くスピード、朝より遅くない?
もしかして、私に合わせてくれてる、とか…?いや、それはないか。
そんなことを考えながら、後ろを歩いていると、大野先輩はやがて止まり、授業ではもう使われていない美術室に入った。
「大ちゃん、遅かったね。って、あれ、その子…。」
(櫻井先輩っ?あ、他の人達もいる…)
固まっていると、大野先輩が迷惑そうに顔を歪ませ、グッと腕を引き寄せられた。
見かけによらず(失礼)、強い力。
…男の人って感じで、ちょっとドキッとしてしまった。
「さっさと入るなら入って。面倒な人達が来るのはゴメンだから。」
「すいません…。」
シュン、と俯き謝ると、大野先輩のため息がそばで聞こえた。
「…謝ってほしいわけじゃない。っていうか、謝られてすぐ許すくらいなら、言わないから。」
…確かに、と納得してしまう。
どうやら、大野先輩はすぐ謝るようなのは好きじゃないらしい。
「で、大野さん、その子は?」
「あぁ、この子は…」
「彼女っ?大ちゃん、やるね!」
(かっ、彼女っ…!?)
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!