朝食を食べ終えると、先に食べ終わっていたらしい姉さんが横から食器を取ってすぐに洗う。俺はなんとなく姉さんの姿を見ていた。
随分腕が細い。姉さんは俺がもっと小さい頃から細かったが、俺がここまで大きくなってもその細身な体に全く変化がなかった。もうすぐ姉さんの身長を越してしまいそうだ。
多分だが、姉さんがずっと細身な理由は食事を全然とっていないからだ。俺を優先して明らかに自分の食事量を減らしていることには昔から気付いていた。よく腹を空かせているのを見かけたものだ。今もだが。
なんとなくだが、このままでは姉さんが死んでしまう気がしている。平気で飲まず食わずで過ごすし、昨夜見たあの光景から察するに、おそらく姉さんは夜も寝ずに働いている。栄養失調、過労も良いところだ。
だが、姉さんには死んで欲しくない。俺を残して死ぬような真似なんてしたら絶対に許さない。俺も後追いする。
そう思うと居ても立っても居られなくなった俺はすぐに立ち上がって、姉さんの手から皿を半ば無理矢理奪い取った。突然のことに姉さんは驚いている。
優しく後ろから背中を押して、ソファーに座らせる。これもボロいから誰かが座るとギシギシ言うが、姉さんが座った時その音はしなかった。食事をとらなさ過ぎているせいで、相当に体重が軽くなってしまっているのだ。
尚のこと休ませねばならないと焦燥感を感じつつも、姉さんを見た。姉さんはふんわりと優しい笑顔を浮かべて一言、ありがとうと言う。愛おしいと思った。
それと同時に、働き詰めで俺の想像を絶するような疲労を抱えている姉さんを、こんなボロくて粗末な場所でしか休ませてあげられないこの環境が憎いと思った。
金持ちのボンボンみたいな奴には一生分からないだろう。いや、分かられて堪るか。俺だって本当は姉さんをこんな薄汚い所ではなく、綺麗で如何にも居心地の良さそうな場所で休ませたいんだ。
こんな醜くて狭苦しい場所、抜け出せるなら抜け出したい。姉さんと一緒に、どこかに逃れて幸せになりたい。だが、所詮はそれも夢物語。絵に描いた餅にすぎない。
内心で己を自嘲したが、そんな俺達に良い知らせが来ようとしていたことを、この時の俺達には知る由もなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!