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第1話

第1話 そのキャラクターで大丈夫?
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2022/11/21 11:00
カタカタ……カタ……。

ごく小さな音量で流れるBGMよりも、キーボードを叩く音のほうが喫茶店内に高く響く。

海外製の安いノートパソコンだけど、値段なんて関係なく大切な相棒。

傍らには、マスターが丁寧に作ってくれたいつもの黒糖カフェラテ。

作家として活動する私の時間は、コーヒーの香りとともに心地よく流れていく――。
賢人
賢人
……おい、おい。聞いてるのか! おいってば!
(なまえ)
あなた
え……なに?
賢人
賢人
なにじゃねーよ。パソコンカタカタやってるわりに、電源入ってねーし
賢人
賢人
お前、ここまで全部書き直しな
(なまえ)
あなた
えーっ、全部? なんでよ!?
賢人
賢人
これでいけると思ったのか? 魔法モノなのに! 魔法使ってねーぞ!
賢人
賢人
しかも、冒頭は学校に通ってたのに、なんでラストは会社から帰ってくるんだよ。いつ就職したんだよ! 主人公は何者だ!?
(なまえ)
あなた
主人公が何者かは……すべて私の心の中に……
賢人
賢人
それを! 作品に! 書け!
私が昨晩、頑張って仕上げた小説のプロットは、たった今ボツになったみたい。

なみなみと黒糖カフェラテが入っていたはずのカップは、いつの間にか空っぽだった。

マスターが、私と賢人君のカップに、そっとサービスで飲み物を注ぎ足してくれる。

毎日繰り広げられている光景。飽きもせず、懲りもせず。
賢人
賢人
はぁ……ここまで成長が遅いとは……
(なまえ)
あなた
そう? 私としてはかなり進歩していると思うんだけどね
賢人
賢人
自分で言うな。満足していいレベルじゃねーぞ
賢人
賢人
やっぱり、今年の「高校生のファンタジー小説大賞」は見送って正解だったな。来年応募するために、1年かけてじっくり書いていくぞ
(なまえ)
あなた
今年もいけると思ってたんだけどなぁ
賢人
賢人
根拠不明の自信だけはたいしたもんだ……
賢人
賢人
まあ、俺たちは来年もまだギリ高校生だ。焦ることはないだろ
大手出版社が毎年欠かさず開催している小説のコンテスト「高校生のファンタジー小説大賞」。

小説を書き始めたばかりの私と、そんな私とコンビを組んだ編集者志望の賢人君――同学年でレーズンパンが好物の矢文賢人君――は、このコンテストを目指すことになった。

別々の高校に通う私たちを繋げたのは、まさに今私たちがいる喫茶店なんだけど……それはまた別のお話。
賢人
賢人
まあ……ちょっと前までプロットも知らなかったんだもんなぁ
賢人
賢人
先にキャラクターの設定とプロットを作ろうって気になっているだけ、成長してるってことか
(なまえ)
あなた
そうそう。前向きに行こう!
賢人
賢人
お前が言うな
こんな感じでゆっくり、だけど厳しく、私は賢人君に小説の書き方を教わっている。
賢人
賢人
さて。プロットはあとで書き直すとして……
(なまえ)
あなた
あ、やっぱり書き直しなんだ
賢人
賢人
キャラクター設定を見せてみろ。キャラクターがしっかり定まっていないと話にならないからな
(なまえ)
あなた
ふふふ……もちろん、ちゃんとできてまーす。はい、キャラクター設定はこれ
私は、あらかじめプリントアウトしてあったキャラクターのリストを賢人君に手渡した。
賢人
賢人
どれどれ……
(なまえ)
あなた
主人公は、魔法少女のツムギちゃん。強くてかわいいんだよ。ちゃんと設定できてるでしょ?
賢人
賢人
……
賢人
賢人
…………
賢人
賢人
なんじゃこりゃあ!
(なまえ)
あなた
あ、知ってる。それ、伝説の刑事さんが殉職したときの台詞だよね。
賢人
賢人
なんでそんなことだけ知ってるんだよ
賢人
賢人
じゃなくて! これのどこがキャラクター設定だっていうんだ!
賢人君は、私が練りに練って書き上げた魔法少女ツムギの設定をテーブルに叩きつけた。

それをマスターがそっとのぞき込み……

顔を伏せて表情を隠したのだった。

これは、作家志望の私が、編集者志望の賢人君に怒られながら、キャラクターたちと向き合うお話。

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