第10話

第10話 設定が変わるとき
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2023/01/23 11:00
賢人
賢人
物語の途中で設定を変えたい?
私の提案に、賢人君は珍しく目を大きく見開いた。
(なまえ)
あなた
うん。主人公ツムギちゃんの親友ツカサちゃんが、途中で敵になる展開を考えてて……
(なまえ)
あなた
口調やツムギちゃんの呼び方まで、ガラッと変えてみたいんだけど……そんなのってアリ?
賢人君は、最後のひとかけらのレーズンパンをゆっくりと味わったあと、やはりゆっくりとコーヒーを飲んだ。
お説教のひとつもされそうな雰囲気がただよっている……と思っていたんだけど。
賢人
賢人
アリだな、それ
賢人
賢人
自力で思いついたのか? まあ、あれだ……やるな
賢人君が、満足そうにひとつうなずく。
視界の端で、マスターも小さくうなずいていた。
賢人
賢人
もちろん、あらかじめ設定しておくことが大原則だけどな
賢人
賢人
「どこから」「どのように」変わるのかを決めておけばいいだろう
(なまえ)
あなた
ふぅ。担当さんのOKがもらえてよかった!
(なまえ)
あなた
設定が途中で変わることって、よくあるの?
賢人
賢人
ああ。わりとあると思う
賢人
賢人
例えば、主人公が途中で覚醒して特技や属性がガラッと変わったり……
賢人
賢人
作中で年月が経過して年齢が変わり、それに応じて話し方などが変わったりな
(なまえ)
あなた
なるほどね。確かに、そういう作品に見覚えがある気がする
賢人
賢人
わかりやすいのは、恋愛モノじゃないか?
(なまえ)
あなた
どういうこと?
賢人
賢人
主人公とその友だちが、のちに付き合って恋人になるとするだろ?
賢人
賢人
付き合い始めると、友だちのころと呼び方が変わるじゃねーか
(なまえ)
あなた
あ! 私の友だちのなおが恋愛ゲーム好きなんだけど、付き合い始めると友だちのころとかなり違いがあってキュンだとか言ってた
クラスメイトのなおは、現実から異世界に飛ばされた女の子が、あっちの世界の貴族や王子様と恋愛するゲームにとにかくハマっている。
あらかじめ自分の苗字と名前を設定しておくと、序盤は苗字、付き合い始めると名前で呼んでもらえるのだとか。
「最初に名前で呼ばれる瞬間がたまらない!」って目をキラキラ……というよりギラギラさせて言ってたっけ。
賢人
賢人
別に恋人じゃなくても、例えば入学して最初に知り合ったクラスメイトと最初はぎこちなく話して、のちに親友になると口調がくだけてニックネームで呼ぶとか
(なまえ)
あなた
途中で設定が変わるのって、けっこうときめくもんだね
賢人
賢人
そのかわり、設定するのは少し難しくなるけどな
賢人
賢人
何かいつ、どう変わるのか、その理由は何なのかをしっかり決めなきゃならないんだ
(なまえ)
あなた
決めることは増えちゃうけど……でも、この設定は譲れないしやってみたい
私が考えるツムギちゃんの物語に、親友ツカサちゃんの闇落ちは絶対に必要だと思った。
まだ作家を名乗れない初心者だけど、譲れないものはあってもいいんじゃないかな。
賢人
賢人
やってみればいい。それが、お前の作家としてのこだわりだ
一瞬、賢人君が微笑んだような気がした。
賢人
賢人
設定が途中で変化する作品、いくつか覚えがあるからあとで本屋に行くか?
(なまえ)
あなた
うん! 一緒に行こう!
そういえば……私と賢人君との関係って、何かアップデートしてるのかな?
ずーっと“お前”って呼ばれるし、ずーっとぶっきらぼうだし、ずーっとキツイこと言うし、なんだかぜんっぜん変化がない気がする……。
……どうして私、ちょっと残念に思ってるんだろう。
モヤモヤするくらいなら、直球で聞いてみようかな。
(なまえ)
あなた
ねえ賢人君。私たちがこのお店で偶然会ってけっこう経つけど、私たちの関係……っていうか設定って変化あるのかな?
賢人
賢人
……さあな。まあ、少しは変わっているかもしれねぇな
そっぽを向いている賢人君の表情は見えない。
(なまえ)
あなた
どんなところが変わったの?
賢人
賢人
はぁ……あのな、設定資料をそのまま公開するわけないだろ?
賢人
賢人
設定の変化は、会話や行動から読者に汲み取ってもらうんだよ
(なまえ)
あなた
そういうもんか……難しいなぁ
そのとき、カランと出入り口ドアについているベルが鳴った。
サトル
サトル
やあ、あなたさん。こんにちは……って、さっきまで学校で会ってたよね
(なまえ)
あなた
あっ、サトル君!
来店したサトル君は、カウンターでマスターから袋を受け取っている。
以前も、このお店のパンを買いに来てたっけ。
気に入って、リピートしてるのかもしれない。
賢人
賢人
あいつ……!
賢人君は小さな声でそう言ったきり、黙ってしまった。
そういえば、賢人君は以前パンを買いに来たサトル君に会ったことがあったはず。
そのとき……サトル君のことをどんな風に紹介したっけ?
……よく思い出せないけど、なんだかちょっとくすぐったいというか、恥ずかしい感じがするのはなんでだろう。
サトル
サトル
そうえいば、昨日あなたさんが話していた小説、さっき買ってきたよ
(なまえ)
あなた
見つけたんだ。オオノ春美先生の短編集
サトル
サトル
うん。本屋を3軒も回っちゃったよ。でも、買えてよかった
(なまえ)
あなた
えへへ、いい本だよ。オオノ先生のファンでもけっこう見落としてる、隠れた名作なんだって
サトル
サトル
確かに、僕もかなりオオノ先生が好きだけど、あの本のことは知らなかったなぁ
しばらくサトル君との会話に夢中になっていると、背後から黒いオーラを感じる。
まるで「ゴゴゴ……」という効果音でも聞こえてきそうな雰囲気で、賢人君が立っていた。
(なまえ)
あなた
ど、どうしたの賢人く……
賢人
賢人
おい、資料本を買いに行くっていう話だったろ?
賢人
賢人
行くぞ……あなた
(なまえ)
あなた
……………………え
次の瞬間、賢人君は私の手を握った。
店のドアへと、私を引きずるようにして歩いていく。
(なまえ)
あなた
え……と、サトル君、また明日!
(なまえ)
あなた
マスター、ごちそうさまぁ
混乱する私は、とりあえずサトル君とマスターに挨拶をした。
おそらく、ほかに考えることがあったんだろうけど、思考が停止している。

賢人君は、周囲の人の目を気にすることなく、私を本屋さんまで引きずっていったのだった。

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魔法少女ツムギちゃん
魔法少女ツムギちゃん
へー。そんなことがあったんだね
夜。布団に入ると魔法少女ツムギちゃんが、ぽんと頭の中に現れた。
(なまえ)
あなた
そうなの。賢人君、待たされて怒っちゃったのかなぁ
(なまえ)
あなた
そのわりに、本屋さんでは普通に戻ったんだけど
私がそう言うと、ツムギちゃんはクスクスと笑った。
深刻な相談だったのに、どうして笑われちゃうんだろう。
魔法少女ツムギちゃん
魔法少女ツムギちゃん
賢人君、“お前”じゃなくて“あなた”って呼んでくれたんだよね?
(なまえ)
あなた
うん。でも、イライラして思わず呼んじゃっただけじゃない?
魔法少女ツムギちゃん
魔法少女ツムギちゃん
さぁ……どうかなぁ
いたずらっぽい表情のツムギちゃん。
魔法少女ツムギちゃん
魔法少女ツムギちゃん
賢人君の、二人称の設定が変わったんじゃないかなぁ
(なまえ)
あなた
え、どういうこと?
ツムギちゃんは答えず、おやすみなさいと言い残してふわりと消えた。

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