屋上の扉を開けると、なかに及川さんがいた。こんなのバレたらほんとにまたいじめられる。
こっちの気持ちなんて考えない自分勝手な人。
え、バレてる?
そう言って見せてきたのはこの前撮影で撮った特集ページだった。
いつかの私と同じセリフ。
上機嫌で屋上を後にした及川徹。変な人。
2日後、授業終わりにカバンを持って教室を出る。3年生の授業はまだもう1時間あるから先にスタジオに向かう。関係者パスは及川さんのカバンに入れておいた。
スタジオについて、メガネを取る。スタイリストさんと話しながら今日の衣装、メイク、ヘアスタイルを決めていく
キラキラ女子の出来上がり
「みずきいおりさん入りまーす」
全力の笑顔で挨拶をする。
「はーい、じゃあとりあえず目線こっちで笑顔くださーい」
女優としてもモデルとしても、自分の顔を売りに出していることには変わらない。学校の自分とは正反対を演じることがここでは求められる
どっちが本物の自分かなんてわかってる。もともとキラキラしてるものが大好きで、華やかな世界に憧れてこの世界に入ったのだから。
最初は及川さんが入ってきたことに気づかなかった。
カメラに向かって今のカットを確認しているとマネージャーが近づいてきて耳打ちをした
「いおりの連れの人来てるけど」
スタジオの入り口を見ると、及川さんが唖然としながら立っていた。
ここは学校じゃないから、ついいつもの調子で話しかけてしまった。普段はあんなに無愛想なのに
「いおりちゃーん!次のカット撮るよー!」
またカメラの前に立って、くるくると表情を回す。20分くらいで撮影は終わった。
「お疲れ様でしたー」
ボソッとつぶやいて横を通り過ぎる
着替えて、メガネをしようとしたら、プロデューサーが入ってきた。
「ねえ、あれいおりちゃんの彼氏?めちゃくちゃかっこいいね」
「でもなぁ撮りたいんだよね、2人のショット。手伝ってくれるかい?」
「それなら心配しないで、許可とったから。」
遠くで及川徹の声がした。ノリノリじゃないか。
「はいはい、ちゃんと出しますよー」
それなら、しょうがない。もう一度衣装を見直して、メイクをする。さっきよりも幼く、可愛い系で確実に及川さんに合わせてメイクされてる。
「みずきいおり入りまーす」
またさっきと同じように挨拶をしてはいる。撮影は嫌いじゃないけど、なんでこの人と映らなきゃいけないんだろう。
営業スマイルを貼り付けて対応する。
「はいはいいくよー!もっとくっついてー!」
なんて無茶ぶり
ぐいっと肩を引かれて、驚いてみると慣れたように肩を回してカメラに向かって笑顔を向けている。素人のくせに、負けてられない。
及川さんのネクタイを引いて顔を近づける。カメラに目線を寄せながらもメイクに合わない大人っぽい表情を意識する。
「いいよいいよー!じゃあ次お姫様抱っこしてみようか!」
そう言いながらヒョイっと持ち上げられて撮影中なのに死ぬほど嫌な顔をしてしまった。
「いおりちゃーん表情かたい」
慌てて表情を作る
「はいおっけーい!」
やっと及川徹から解放される。
そういって、及川徹はしっかりと芸能プロダクションのスカウトを受けて帰っていった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!