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第1話

鶴ちゃんのつらい過去
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2018/11/23 09:28
柴崎 鶴 17歳。

両親は、7歳で二人とも亡くなった。
母は、不倫相手に殺された。

不倫相手が暴力男で、
相手を怒らせてしまった母は
ひたすら顔を殴られた。

首も締められたらしい。

最終的に死因は首を締められた事による窒息死らしく、
不倫相手の手には、母が抵抗したのであろう
痛々しい引っかき傷が残っていた。

母の顔の方が痛々しかったのだろうが、
私はまだ幼かったのでそんな母の顔を見ることはなかった。
私の大好きだった父は、通り魔に刺されて死んだ。

誕生日の前日だった。

ブラック企業に勤め、時間がない中でも
私の相手をしてくれていた父はその日、
私への誕生日プレゼントを持って帰っていたところだったらしい。

誕生日当日では何時に帰ってこれるかわからないので、朝に渡そうとしてくれていたのだろう。

しかし、そんな父は通り魔に刺されてしまった。

最初にそのことを知ったのは、
ニュースで流れていたから、だった。

いつもはニュースなんて見ないのに、
なぜ流していたのかはもう覚えていない。

通り魔が捕まった。
最後の被害者は会社員の男性。

そんなニュースが速報で流れてきていた。

その通り魔はかなり有名で、
被害者の数も多かった事から、
そのように取り上げられていたのだろう。

画面に映る名前と場所を見て、
私は幼いながらに最悪の事態を想定した。

普通じゃなかなかいない、見慣れた名前。

一度だけ連れて行ってもらった、
父が通勤する道。

頭が真っ白になった。

間もなくして、隣のおばさんがチャイムを鳴らしてやってきた。

とても優しくしてくれている方だった。

「通り魔に刺されたのは、おそらくあなたのお父さんよ。」

おばさんは、目に涙をためながら説明してくれた。

もう、なにも考えられなくなった。

もう、お父さんも帰ってこないの?

私は一人になるの?

学校は?

ご飯は?

結局その夜は、泊まってくれるというおばさんと一緒に寝ることになった。

静かにすすり泣く私を、
おばさんは優しくなでながら慰めてくれた。

「大丈夫よ、大丈夫よ。」

あの優しい声は、今も夜に頭に浮かぶ。

そのたびに、父が死んだあの日のことを思い出す。

あの時から、自分がこの世で一番不幸なのではないかと思うようになった。
両親がいなくなった私は、おばさんに引き取られる事になった。

「こんなに小さい子を見捨てて孤児院に連れてくなんて、私には無理だからね。」

おばさんはそう言っていた。

最初はただただ「優しい人だ」と思っていたが、
成長するにつれ申し訳なくなってきた。

食費はもちろん、学費もかかる。

さらには、おばさんは好きな服や本やおもちゃを買ってくれていた。

「高校生になったら働いて、必ず返さなきゃ」

そう思うようになった。
しかし、災難は突然やってきた。

「そういえばぁ〜柴崎サンってお母さんいなかったよね?お父さんは例の通り魔の件でなくなってるはずだし〜もしかして孤児ィ?」

当時中学一年生。

昔はただただ苦しかったこの質問も、
もう慣れっこだった。

隠す必要なんてないと思っていた。

「あー…うん。そうなんだよね。今は別の人に引き取ってもらってるけど。」

ただ普通に答えただけだった。

しかし、第二の悪夢はここから始まった。

「うわっ!それってェ、赤の他人と住んでるってことでしょ〜?うわ〜ないわ〜」

「…え?」

もちろん私は混乱した。

なにかおかしいこと言った?

なにかおかしいことしてる?

そんな疑問も、次の言葉で完全に理解した。

「うちら、孤児とか無理なんだよね。消えてくれない?」

これは…いじめだ。

差別によるいじめだ。

そう理解した私は、もう何も言わなかった。

「うわ〜だんまり?何何、病んでんの〜?こーゆー事言われると胸がいたんじゃう系〜?きっしょ〜」

次の日からは、学校はただの地獄、ただの悪夢になっていた。

「血の繋がってないババアのフケとかついてそー、近寄らないでよっ!」

「親いないくせにヘラヘラしてさ〜、私乗り越えましたアピール?マジウザいんだけどそーゆーの。」

ゴミに消しカスに暴言が飛んでくる毎日。

おばさんに買ってもらった道具が。

おばさんに行かせてもらってる学校が。

私の前から全て消えてしまった。

しかしそんな事、
報告することもできなければ、
新しい道具を買ってくださいとも言えない私は、
学校をズル休みするようになった。

しかしそれは、おばさんにすぐバレてしまった。

「何かあったの?」と優しく聞いてくれるおばさんに対して、私は冷たい態度を取った。

「何もないです。」

ただそれだけ言って、部屋に引きこもった。

ついに、完全に学校へ行けなくなった。

「鶴ちゃん、鶴ちゃん!」

ドアの向こうで、おばさんが名前を呼ぶ。

「もうほっといてください!!」

そういうと、おばさんはおとなしく部屋から離れてくれた。

そしてその後に、やっと私は後悔する。

「ごめんなさい…おばさん。ごめんなさい…。」

そうしてすすり泣く日々。

そんな事をしていたら、あっという間に中学生が終わってしまっていた。
そんな私はもちろん高校に入れるはずもなく、
かわりにアルバイトをするようになった。

やはり、おばさんに返さない訳には行かない。

そんな思いで、毎日必死に働いた。

中卒どころか、中学の勉強すらまともにできてない私を、職場は軽蔑したりしてくることはなかった。

むしろ優しい人ばかりで、とても恵まれた中で働くことができた。

こうして働いていると、ブラック企業に努めていた父が気の毒に思えてくる。

そんなくらい幸せな中で、
心の許せる友達と
心から愛せる恋人ができた。

二人とも職場の人だ。

最初は友達恋人どころか、
職場の人と仲良くなろうなんて思っていなかった。

中学の事で、すっかり人付き合いが怖くなっていたからだ。

しかし、できてからはそんなこと気にしていなかった。

中学を卒業して、やっと幸せな日々。

そう思っていた。


災難は、またやってきた。

彼氏に浮気をされた。

相手が誰か問いただしても彼氏は口を開こうとしなかった。

そのことを友達に相談すると、

「ごめん…実はその浮気相手…私なの。」

大好きだった友達の衝撃発言に、私は目の前がふらついた。

彼氏には捨てられ、
友達には裏切られた。

その事実を、私はなかなか受け入れられなかった。
家族もだめ。


学校もだめ。


職場もだめ。



行く場所も


生きる意味も


すっかりなくなってしまった。



また机が、


おばさんに買ってもらったカッターが、


赤く染まる。





傷が癒えないよ。お父さん。

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