第5話

糸(oos)
42
2024/04/01 14:13
Xの相互さん(@chi__nasuさん)のネタを元に書かせていただきました。許可も頂いています。

※ちょっと暗い話ですがちゃんとハピエンです。
 あなたの自◯未遂描写あり。

 朝起きて、働きに出てまた眠る。なんてことない日々なのに。私とこの世界を繋いでいた糸は痛いほどピンと張った後にびちびちと音を立て始めた。生きることが難しいなんて今まで気づけなかった。いや、気づかないふりをしていたんだ。自分自身が地の底にたどり着くまでずっと見て見ぬふりをしていた。

 いつの間にか私は気力を失って、一日を自分の家に籠って過ごすようになった。必要最低限の外出しかしなくなった。なにも出来なくなって、そんな自分に嫌気がさした。まず初めに鏡を見たくなくなった。愚図で醜い自分が目に入るのが嫌だった。そのうちに部屋の床が弁当の容器やペットボトルのごみで埋まった。普通の、社会の、常識的な人が見たらきっと眉を顰めるだろう。

 学生の時からずっと使っている布団の側にはいろんなものが散らばっている。カッターナイフ、縄、解熱鎮痛剤、漂白剤などなど。勇気がでなくて今まで使わず仕舞いだった。自ら人生を終わらせることを勇気がある行動だ、と言えるかどうかは定かではないが……私は昔からずっと臆病だった。失敗することを恐れていた。人と関わることができず、新しい普通の人間に擬態して生活できていることは奇跡に等しかったと思う。

 ある日からどうしようもなくなって、会社を長く休むことにした。社会との糸が切れて、私は独りになった。これは失敗?それとも……

 朝起きて、ふと空が目に入った。いつもだったら気にも留めないのに、鈍く光る曇り空と絶え間なく降り続ける雪が目に焼き付いて離れなかった。理由なんてない。ただその空に導かれるようにして私は数日ぶりに家を出た。朝のラッシュを終えた平日の町は静けさをたたえていた。目的もなく町を歩けば、私から出る音はすべて雪に閉じ込められて、孤独さを実感する。

 目の前に歩道橋を見つけた。あそこに行けば少し空に近づけるのだろうか。一段一段を登る。登りきったところで風がぴゅうと吹いた。柵に手をかけてぼうっと車道を見下ろしていると、吸い込まれそうになる。
「……死にたい。」
無意識に言葉が出ていた。久しく聞いていなかった自分の声で。そうか、これが私の本心なんだ。

 すると、がさりと音がした。そちらに目を向けると、目を丸くして棒立ちになっている大瀬さんが居た。足元には画材の入ったレジ袋。雪景色と同化するくらいの白い肌に光る黄色の瞳がこちらを覗いている。

「え……」
ぽつりと彼は零した。
「本当に、死にたいんですか……。」
「はい。大瀬さん、良い死に方知ってますか。……知ってますよね、教えてください。」

 迷いはない。どうせ、止められるんだろうけど。

「本当に死にたい、のなら……貴女が本当に死にたいのなら……僕がいくらでも死に方を教えます。
「え。……じゃあ。」
 縋るような思いでまっすぐ見ていると、彼は続けた。
「……でも、いや……その。……僕は死に方も死ぬのを辞める方法も知ってます。これは僕の気持ちでしかないのですが、僕は死ぬのを辞める方法を教えたいです。貴女を、失いたくない。」

「おおせ、さん。」

 嬉しくて、悲しくて、胸がきゅっと締め付けられる。私は大瀬さんに駆け寄ってその胸に飛び込もうとした。一瞬の間、その両手は私を拒みたそうにしていた。でも、受け入れてくれた。冷たい腕を体に回されて、ようやく涙が出てきた。
「貴女は、ひとりじゃないんです。」



 雪空の下、今にも切ない眼差しを向けるあなたさんはとても綺麗だった。本当ならその望みを叶えたかったけど、僕は彼女に生きていてほしかった。傲慢だ自己中だと思われても仕方ないけど、生きてほしいと思ってしまった。腕の中に飛び込んできた彼女は今にも消えてしまいそうで、自分がクソだからという理由で一瞬でも拒もうとしたのを悔やんだ。

 もう、どこにも行かないで。
2024/03/29

プリ小説オーディオドラマ