第17話

君に会いたくて
1,358
2020/12/02 04:05
かれこれ三十分近く待っていたけど、
いっこうにアラタが帰ってくる気配はない。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
アラタ、遅いな……
すっかり日は暮れて、空を見上げれば星がきらめいている。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
(……もう、帰ろうかな)
私は重いため息をついて立ち上がると、
三軒先の自分の家に向かって歩きだした。

そのとき、
井川 アラタ
井川 アラタ
ひまり?
後ろから聞こえた声にハッとして振り返ると、向こうの曲がり角からアラタが走ってくるのが見えた。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
アラタ!
井川 アラタ
井川 アラタ
ひまり、今日は帰りが遅いね!
アラタの顔を見ただけで、胸が熱くなる。
……私、こんなにもアラタに会いたかったんだ。

周りが暗くてよかった。
私、きっと、泣きそうな顔してると思うから。
井川 アラタ
井川 アラタ
部活……にしては遅くない?
心配そうなアラタの声が心地よく胸に響く。
私、この声をずっと聞きたかったんだよ。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
あのね、アラタが帰ってくるの、待ってた
井川 アラタ
井川 アラタ
僕を? 待ってたって、いつから?
佐護 ひまり
佐護 ひまり
そんなに待ってたわけじゃないよ。部活もあったし
なるべくいつも通りの調子で振る舞ったけど、
井川 アラタ
井川 アラタ
ひまり……、何かあった?
佐護 ひまり
佐護 ひまり
心配そうなアラタの言葉に、胸がぎゅっとつかまれたみたいになって、うつむいてしまう。

今日はいろんなことがありすぎて、話したいことはたくさんあったはずなのに、
いざとなると何も出てこない。

私はわざと明るい話題を切り出した。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
あのね、夏の大会に出られることになったんだ。
橘先輩っていう強い人と一緒にダブルスで出るの
すると、アラタはぱっと嬉しそうな顔をして、
井川 アラタ
井川 アラタ
ホントに? おめでとう! 
一年生から大会に出られるなんて、すごいよ!
やっぱりひまりには、テニスの才能があるね!
心から喜んでくれるアラタの笑顔に、私もうれしくなる。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
ううん、私なんてまだまだだよ。
テニス部には私より上手な人がいっぱいいるから。
今回も、橘先輩が声かけてくれたから出られるんだ。
アラタは覚えてる?
中二の時、あと一歩で全国大会だった試合のこと……
井川 アラタ
井川 アラタ
ああ。もちろん覚えてるよ!
母さんと僕も応援にいったからね。
負けたはいえ、本当にいい試合だったよね
佐護 ひまり
佐護 ひまり
そのときの対戦相手が橘先輩だったの。
先輩は私のことずっと覚えていてくれて、
今回、一緒にダブルスを組むことになったんだ
井川 アラタ
井川 アラタ
へぇ、そんな偶然もあるんだ
すると、アラタは私を見て柔らかく微笑んだ。
井川 アラタ
井川 アラタ
……ひまりががんばってると、僕もがんばらないとなって、元気が出るよ
前向きなアラタの笑顔に、胸がチクっと痛む。
いつだってアラタは、私のことも自分のことのように喜んでくれる。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
(それなのに、私はアラタに読モをやめてほしいだなんて思ってるんだ……)
中途半端なことが嫌いなアラタだから、
勉強も手を抜かずに、読モの仕事を一生懸命やってることくらいホントはわかってる。

でも、アラタが輝けば輝くほど、
どんどん私から離れていってしまうみたいで寂しいよ。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
(そうして、私の存在なんて、だんだん小さくなっていくんだろうな)
いつまでも一緒にいられないことはわかってる。
でも、もうちょっとだけ一緒にいたいよ。

……恋人なんていう、特別な存在でなくてもいいから。
井川 アラタ
井川 アラタ
ひまり? どうかした?
急に黙ってしまった私に、アラタはまた心配そうに声をかけてくれた。
佐護 ひまり
佐護 ひまり
ううん、別に……
アラタには、こんなこと言えない。
私は胸にあふれてくる思いを押さえ込むのに必死だった。

すると、アラタは思いもよらないことを口にした。

井川 アラタ
井川 アラタ
ひまり、久しぶりに、星でも見ない?
佐護 ひまり
佐護 ひまり
……星?
アラタはいたずらっぽく笑って、家とは反対方向へ歩きだしたから、
私もあわてて、後をついていった。

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