次の日の朝。
リビングに下りていくと、お母さんが私の顔を見るなり、
アラタと杏奈さんのことが頭から離れなくて、寝不足どころか、ほとんど寝れていない。
明日は試合なんだから寝なくちゃって、思えば思うほど寝られなくて。
けっきょく、明け方に少しウトウトしたくらいで、今も頭が重い。
食欲はなかったけど、とりあえずオレンジジュースのコップを手に取った。
おもわず、飲んでいたジュースでむせそうになった。
お母さんは、自分の息子のことのように
はしゃいでいる。
どのみち私は試合で行けないけど、もちろん、アラタからは何の連絡もなかった。
アラタはのめり込むと周りのことが見えなくなるから、うっかり私のことなんて忘れてるのかもしれない。
ほんとうに、どっちでも良かった。
選ばれても選ばれなくても、どのみちアラタは私から離れていくんだから。
お母さんは私の返事に少し戸惑っていたけど、時計を見てあわてだした。
お母さんは、せわしなく水筒にお茶を入れ始めた。
* * * *
午前9時前。
いよいよ私たちは、試合会場のテニスコートにやってきた。
真っ青な空を仰ぐと、いやでもぎらつく太陽が目に入る。
ゆずは持っていた保冷剤を、私の首筋に当てる。
うう、なんでゆずにはいつもバレバレなんだろう……。
いつもは、あまりグチをこぼさないゆずが、めずらしい。
わかるよ。
私だって、アラタのそばにいたいから。
そろそろ私も、その事実を受け入れないといけないのかな。
青い空を見上げて、イベントを控えたアラタのことを思った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!