すると、肩の方から小さな声が聞こえた。
いきなり呼ばれて、心臓が飛び出るかと思った。
僕はとっさに、この密着した状態をどう説明しようかなんて考えたけど、当のひまりは、さっきと変わらない安らかな顔で寝ていた。
ほっとしつつも、僕の心臓はまだ、どくどくと鳴り響いている。
こんなに近い距離で見つめていると、
もう、ひまりから目をそらせない。
そんな思いが僕の中を通りぬけたとき、僕は自分の唇を、ひまりの唇にそっと重ねていた。
ひまりの唇は、思っていたよりもずっと柔らかくて、驚きと愛しさでいっぱいになる。
そして唇を離して、何も知らずに寝ているひまりをもう一度見たとき、
……僕は、我に返った。
───僕、今、何をした!?
自分のした事の重大さが、じわじわと胸に迫ってくる。
一気に後悔の念が押しせて、冷や汗が出る。
僕はひまりを起こさないように気をつけながら、そっと離れると、一人で頭をかかえた。
……だけど、ひまりはどうなんだ?
僕が知る限り、ひまりにはこれまで彼氏なんていなかったし、たぶんこれがファーストキスだと思う。
まさか寝ているあいだに、初めてのキスを幼なじみに奪われていたなんて、ショックに決まってる。
寝ているひまりに、こっそり謝ったけれど、こんなことが許されるわけがない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!