第17話

17)
379
2022/09/19 15:12

17)

 雛子の語る言葉に拓海の表情が固まる。
 気づいてしまった宝の箱の場所。

 「本当に、ここに埋まってる?」

 そんな不安は掘り続けるうちに消えた。
 それはきっと白い蝶となり日生椿が雛子に伝えたメッセージのせいだ。
 早く拓海に届けてほしい。と、ここから出して。と。

 土を掘る手元に不意に影が重なった。見上げると拓海が立っていた。
 着物の袖を引っ張り上げて二の腕をあらわにしている。

 「貸して、僕が掘る。いや、僕が掘らなくちゃいけない」

 真剣な表情の拓海へと、それを差し出した。バトンを受け取るように拓海がシャベルの柄を握る。拓海は唇を真一文字に結んだまま、ただひたすらに掘っていく。

 夜の闇。
 街灯の明かりの下が手元を照らす中、時折通り過ぎていく車の音と、ザクザクと穴を掘る音が静寂の中に響いた。どれだけ長い時間が経ったのだろう。自分の吐息が周りの空気よりも熱く感じるようになった中、カツンと土ではない硬いものに触れる音がした。拓海が周囲を囲む土を両手で退かすと、小さな箱が現れた。
 土で汚れたラベルに大きく、“末吉拓海へ”と記されていた。





「はい、ハンカチどうぞ」

 と、雛子はハンカチを濡れた手をぶらぶらとさせる拓海へと差し出した。公園の水道で手を洗った後、箱を膝の上に乗せた。土を払った箱は思いのほか軽かった。拓海のタイムカプセルのように、写真がぎっしりと入っている感じではないようだ。

 だから余計に何が飛び出してくるかわからなかった。それを拓海もわかっているようで、先ほどからタイムカプセルを開けようと手を伸ばしては引っ込めてを繰り返している。その様子にヤキモキしていると、拓海が困ったように眉を下げて、雛子へ顔を向けた。

 「もうさ、竜宮城から戻ってきた浦島太郎だよね? 開けたらダメなのに開けたい欲に抗えないってやつ」

 と、ふざけた調子で言った。

 「さっさと開けて、おじいちゃんになってください」

 閉じ込められているのは10年前に日生椿が残した拓海へのメッセージ。もうすぐ10年の時を得て、閉じられていた時間が進みだす。雛子は不安げな様子で箱を見つめる拓海の左手を握った。

 「1人じゃありませんから。ここにいますから。1人でどうにもならないなら。2人でどうにかすればいいんです。1人でおじいちゃんになりたくないんだったら、一緒におばあちゃんになってあげます」

 雛子へと真っ直ぐに視線を向ける拓海に、ひとつ頷いてやる。

 拓海が箱を開けた。煙を浴びたかのように、彼は驚いた表情を浮かべたまま声を失った。拓海の箱を開いた時のようにまた不思議な世界に連れていかれるのかと身構えていたが、あるのはすっかり暗くなった公園の景色のままだ。闇に溶けた景色の中で、拓海のシルエットがフリーズする。拓海は言葉を失ったように動かない。

 「どうしたんですか?」

 雛子は心配になり、箱の中を恐る恐る覗き込む。そこには、小さな電子機器が入っていた。銀色の細長いリップクリームのようなものはなんだろうか?

 「これってなんですか?」

 雛子が尋ねると、拓海がその答えを教えるように、スティックに付いているボタンを押した。途端に女性の声がリップクリームの中から飛び出した。

 「はーっはーっは! 勇者、末吉拓海くん! よくぞ宝のありかを見つけられたな!!ソレガシには、褒美をしんぜよう!

 ……なんてね。久しぶりだね、拓海。君は28歳になっているのかな? きっと立派な大人の男になってることでしょう。うんうん。でもきっと相変わらず遅刻して私のことを困らせてるんじゃないのかな? たまには早く待ち合わせの場所に来たっていいんだよ?

 てことでー。
 この宝を見つけた君に、私のとっておきの曲を披露してあげるね。君も知っている、あの曲だよ。
 きっと10年後の私はプロ奏者になってて、そんな私の曲を毎日聴いている君は、耳が肥えてるかもしれないけれど、今の私の音色もなかなかのもんだし、それに、忘れて欲しくないんだ。君と過ごした高校生の私との時間を。だから、心して聴いてよね?」

 日生椿のフルートの音色が流れる。それは雛子も耳にしたあの曲だった。突然、ビーっというアラーム音が鳴るなり、音楽がフェイドアウトした。再びの静寂の中でも拓海は動かなかった。

 「おじさん? おじさん? 大丈夫? 息してる? 死んでない?」

 と拓海の身体を揺らした。

 「息してる、から……揺らすな……」

 グラグラと揺れる拓海が答えた。ふと見ると拓海の頬を光が伝っていることに気づいた。
 それは白い光を放って幾度となく球をつくり、流れ落ちていった。






 雛子が自宅で宿題に悪戦苦闘していると、拓海からショートメッセージが入った。
 相変わらず彼はガラケーの人だ。

 [宝を見つけてくれたお礼に、ニコちゃんをお姫様にしてあげる]






 [お姫様にしてあげる]と言われてやってきた待ち合わせ場所は、定番デートスポットの遊園地だった。ブルーのお城が中心にあるその場所はプリンセスが住むファンタジーの世界だ。

 「着物のおじさんにお姫様にしてあげるって、どっちかというと江戸とかのお姫様だと思ったのに」

 と、雛子は照れ臭さを隠すようにボソボソと文句を独りで口にする。
 スマホの中にある10年前の拓海の中にも、この遊園地の写真がある。自ら想い出のアプデの場所を指定したのは、きっと拓海もアプデに積極的になったからだろう。

 過去へと向き合えるようになったなら、また倒れるようなことはなくなるはず。
 そしていつか最愛の日生椿の笑顔と出逢える日が来るはず……。

 チクッと細い針を刺したみたいに雛子の胸が痛んだ。
 
 相変わらずスマホには、待ち人ではない人の通知が届いている。クラスメイト全員が受験勉強に必死になる時期でも、遊んでいる人は雛子以外にもいるらしい。画面の中でわちゃわちゃしてる人たちに適当なエールを送って、アプリを閉じる。

 「これで推薦落ちたら、私も地獄の仲間入り……」

 過去の失敗しまくった記憶が迫ってくる。雛子は待ち時間に英単語を一つでも覚えようかとアプリを開こうとした。スマホの画面を見ると、約束の時間を過ぎている。拓海は高校時代、時間を守らないタイプだったらしいけど、いまだにそうなのか。

 「流石に待ち人来ず。はないよね?」

 こっちはこれから虹色に輝く思い出の写真の上に、極めて透明なフィルムを重ねるためだけに遊園地なんて非リアには異世界すぎる場所にきているのだ。リア充の生息地で待ち続けた挙句、ぼっちで帰路に着くなんてエンドは嫌すぎる。むしろここで息の根を止めて欲しいぐらいだ。


 周囲へと視線を向ける。しかし拓海らしい着物の男はいない。あんなに目立つ拓海を見過ごすはずはない。不安がつのり待ち合わせ場所から離れて、拓海を探す。するとスマホが振動し出した。

 「ニコちゃん、今どこー?」

 と極めて明るい拓海の声が聞こえる。

 「どこって門の前です」

 「門って正門? 東門? なんて書いてある?」

 と指摘されて、はたと周りを見た。駅から降りて一番近いゲートが正門だと思っていた。が、ここには正門という文字はない。

 「ここ、どこだろ?」
 「近くに何が見える?」
 「え、えっとハートの植栽と時計台が見えます」

 もしかしたら、拓海と違うゲートで待っていたのだろうか? 拓海に園に来たことがないなんて知られたら、恥ずか死んでしまう。

 「お、いた! ニコちゃん!」

 と背後から声がかかった。

プリ小説オーディオドラマ