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第22話

最終回記念・番外編:拓海side
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2023/04/02 22:00
『透明なフィルムの向こう側で息をする』(最終回記念・番外編)


本作品は『透明なフィルムの向こう側で息をする』のその後、拓海サイドのラストとなります。

主人公は末吉拓海と黒川雛子ですが、ボイスドラマとの関連性はありません。

本編のネタバレを含みますので、本編をご覧になってからお読みになることをオススメいたします。


ボイスドラマ「透明なフィルムの向こう側で息をする」は、最終回を迎えました。


拙作を選んでくださり、そして素晴らしい曲を作ってくださったmeiyoさん。

主演の黒川雛子を、とても愛らしく演じてくださった、莉子さん。

かっこよくて素敵な末吉拓海を演じてくださった、古川雄輝さん。


無邪気で可愛らしい10年前の拓海の全てだった大切な人、日生椿を演じてくださった、吉田伶香さん。

ずっと生徒の味方であり続けていた、かっこいい加賀美先生役の山本涼介さん。


拙作をボイスドラマ作品へと昇華してくださった脚本家の川崎僚先生。

最初から最後までこの世界に引き摺り込む素晴らしい世界観を作ってくださった川村泰祐監督。

そして、素敵なBGMやフルートの音色、まるで映像を見ているかのような没入感を作り上げてくださった

音響の方々、ボイスドラマに関わった全ての皆様。


こうして拓海サイドのラストを書くことを許可してくださり、

拙作を選んでくださり、ボイスドラマにしてくださったプリ小説様。


そして、

ボイスドラマをお聴きくださり、ここまで足を運んでくださった”あなた” に、心から感謝申し上げます。

たくさんの方に見守られ、支えられ、こうしてあなたに届いた奇跡に感謝します。


本作品は、これにておしまいになります。

ここからは皆様の心の中のタイムカプセルの中に押し込んでいただいて、何年後かにでもふと開けていただけたら、最高だなと思っています。

ではまた別のお話でお会いできることを楽しみにしております。


       4月 桜の美しい季節にて
           桜海とあ 



【番外編・side拓海】


 僕の隣に、黒猫がいる。
 
 ふと気づくと3人掛けのベンチに一匹の黒猫が座っていた。
 いつからいたのだろう、この猫は。

 まるで人間かと錯覚するほどにごく当然な様子でベンチに座っているものだから、一瞬、この黒猫が猫であることを疑った。

 ここはハリウッドの撮影エリアの中だ。

 僕のいる場所には、セットを崩した木材の山に寄りかかりタバコを燻(くゆ)らしながら雑談をする大道具の男たち。トラックから次々と撮影所の奥へと機材を運びこむ人々の姿がある。チェーンソーの金属的な音や何かを作るリズミカルな金槌の音、トラックのエンジン音、忙しい音を奏る撮影所の雑然とした景色に、黒猫は溶け込んでいる。
 その様子は、まるで古い映画のフィルムの中のようだった。
 黒猫が主役の、無音声のモノクロフィルム。
 そんなイメージを抱くのはきっと、黒猫があまりにも堂々としているからなのかもしれない。

 僕はというと、次の撮影までの合間に外の空気を吸うついでに朝食にしようか。と、ゲート外にあるプラスティック製の簡易ベンチで、スタッフからもらった朝食の詰まった紙袋の中を漁っていたところだ。
 そんな僕はブルーグレイの入院服の衣装の上に綿が詰まったベンチコートを羽織り、顔には長期入院患者らしく、目の下に黒いクマ。そして頬をこけさせたメイクが施されている。
 
 末期癌患者として死にゆく男を演じる僕にちょっとぐらい反応して欲しいものだ。それなのに黒猫は僕がセットの壁と同じに見えるのか、あるいは別のフィルムの中にいる別次元の何かだと思っているのか、ベンチに座り、まるでこうして朝日を浴びるのが日課なんです。とでもいうように太陽に向かい達観した様子で目を細めている。

 どこか猫らしくない猫へ、何かやれるものはないだろうかと朝食の詰まった紙袋の中をまさぐる。中から子供の拳ほどの大きさのプラスティックカップを取り出した。
 小さなカップの中にはリンゴがカットされたものが入っている。
 これなら、と、カップを紙袋の中から取り出した。
 
 ちょっとでもおかしな動きをしたら、あっという間に離れていってしまうのではないか。そんな不安に駆られる。慎重に音を立てずに、透明な蓋を開け、6分の1にカットされたリンゴを摘んで、パッと猫へと振り返った。
 
 途端に、しまった! と激しく後悔した。
 やってしまった!
 猫は僕に気づいて、こちらを見ている。
 
 フルーツのカップを開けることに意識を集中しすぎていたせいで、自分の動きに気を配り忘れたのだ。勢いよく黒猫に向かって振り返ったことで、猫は案の定、ビクッと背筋を立てた。

 猫と目が合い、僕はフリーズする。
 まともに視線がぶつかり、ドクンと心臓が跳ねる。
 目が合った瞬間、猫の瞳に現れたのは、人に対しての警戒心と怯え。
 それはほんの一瞬のことで、黒猫はすぐにツンとすまし顔に戻った。
 その堂々たる風貌から見て、野良ではなさそうだ。
 
 ロスではペットの身体にマイクロチップを埋め込むことが義務付けられている。
 何かの拍子に迷子になっても、きちんと保護され飼い主の元へと届けられる。
 この猫には首輪がないが、GPS付きの首輪をつけるペットも少なくはない。
 
 ではこの猫は、外から入ってきた迷い猫……なのか?


 ふと、僕らの背後へと視線を向ける。 
 高いスティールの壁で隔たれた向こう側には、N Yの街並みが広がっている。その隣のセットは、クトゥルフ神話に出てきそうな神殿が聳え立つ中世の世界だ。
 最近は小さなスタジオを借りてヴァーチャルプロダクションを用いて映像を撮影するというのが主流だが、こうした大掛かりなセットで作品を作りたい監督は多い。

 もし、この猫がハリボテのセットの内側からこっそり抜け出したのなら、この黒猫もまた僕と同じで俳優ということだ。だとしたら撮影が終われば、ゲージに閉じ込められるはずなのに。隙を見て逃げ出したのだろうか。

「なるほどね。君は僕の仲間か」
 
 そう考えたら色々謎が解ける。
 人を見ても怯えず、逃げ出さないのも調教された猫なのだろう。人間のように振る舞うのは、しっかりと自分の役回りを理解している頭のいい猫ということだ。下手に人間に甘えてこないところも、猫なりに俳優としてのプライドがあるせいなのだろう。
 そして今も、黒猫は怪訝な表情でこちらの様子を伺っている。

 僕が差し出すリンゴに興味が向きつつも、視線はしっかりと僕を捉えたままだ。この人間は安全か、それとも危害を与える存在なのか、見極めようとしている。そんな黒曜石のように澄んだ瞳は、とても綺麗だ。

 敵意がないことを示すように、たっぷりの笑顔を浮かべてみる。頬や目の下に黒いメイクが施されているので、こちらの想いが伝わっているのかわからないが、猫なら本能的にわかってくれるはずだ。
 僕の手が君を傷つけることはないということを。

 ようやく理解したのか、それとも睨み合いに根負けしたのかはわからないが、再び肩を丸めて鼻先をリンゴへと近づけた。

「食べるか」

 と、半分に割って猫の目の前に差し出してみる。リンゴの甘い香りに誘われたように、ふんふんと鼻を鳴らして薄黄身色のリンゴの表皮を嗅いだ。それから食べていいかを確認するように、こちらを見上げてきた。

「どうぞ。召し上がれ」

 行儀のいい猫へと丁寧に告げると、ようやく口を大きく開いてシャクシャクと音を立てて食べ始めた。
 あっという間に与えた分を食べ尽くしたので、残りも鼻先に置いてやる。
 すると嬉しそうに目を細め、リンゴに歯を突き立てた。
 サクリ、サクリと歯触りのいい音が、陽が昇って段々と暖かくなってきた風に乗り、耳に届く。
 
 長い撮影時間の空白に現れた黒猫は、どこか彼女に似ている。
 染めたことのない黒髪を揺らして、綿菓子のように白くて柔らかな頬を赤く染め、いつも僕を怒ったように見上げる彼女。

「セクハラなんて、サイテー!」

 まるでリンゴのように頬を赤く染めて文句を吐く彼女の様子を思い出してしまい、吹き出してしまった。
 そんな僕を咎めるように、美味そうにぱくついていた黒猫が耳先を尖らせる。

「ああ、ごめんごめん。君のことを見てたら、思い出しちゃったんだよね」

 先ほどまでリンゴが入っていたプラスティックケースにミルクを注いでやる。喉も乾いていたのか、今度は警戒もせずに顔を突っ込んだ。そんな黒猫の背中を撫でてみる。

「君みたいに毛並みが良くて、瞳が綺麗で、ちょっと警戒心が強いとこも。
あ、あと食べ物で懐柔されがちなところも、似てるかな?」

 彼女の住む日本は、そろそろ桜が咲く頃だろうか。
 きっと高校時代とは異なる世界で新しい景色を見ているはずだ。

 少し前に……、

「祝! 拓海さんがスマホになった記念!」

 と標題付きで、成人式の晴れ着姿の画像を送ってくれた。
 そんなふうに僕を名前で呼ぶようになってから、もう2年経つ。

 会えない間も彼女とのフォルダーには、彼女から送られてくる笑顔が増えていく。
 それは、嬉しいことだけれど、触れられない箱の中で笑う彼女の笑顔を見るのは、少し寂しくもある。

「今度会うときは、どれだけ綺麗になっているんだろうね?」

 ぼそりとこぼした呟きに気付いていないのか、黒猫はミルクを飲み続ける。
 未成熟だった花は、今や芳しき香りを放つ美しい女性へと変化しつつある。その成長過程を見られるだけでも十分過ぎるほど幸せなことだというのに。あろうことか彼女は僕なんかに人生で最も美しい時期をくれようとしている。
 僕だけをまっすぐに見つめる彼女に、一体何を与えてあげればいいのか……。

 黒猫は空腹が収まったのか、空になったプラスティックカップを鼻先で退かすと、僕の膝へと慣れた様子で前足を乗せた。そのまま遠慮する素ぶりもなく、膝の上に乗り、丸くなる。

「……っと。それは……。図々しすぎませんか?」

 と、無遠慮な黒猫に文句を言うと、腹の間に埋めようとしていた顔を持ち上げて「にゃあ」と鳴いた。

 それを僕も望んでいるだろう?
 これは君へのご褒美なのだよ。
 とでも言うように堂々たる様子で瞼を閉じた。

「まるで王様だな。いや君は、お姫様なのかな……?」

 思えばどちらなのか確認するのを忘れていた。けれどまあ黒猫の思惑通り、僕も甘えられることを望んでいた。だから自分の朝食を分け与えて手懐けたのだ。

 ——あの時と同じだ。

 彼女の反応があまりにも愛らしくて、つい手を伸ばしてしまった。椿を失ってから、他人なんかどうでも良かったのに、興味を持ってしまった。あの丘へと彼女を連れていったのも……そうだ。

 きっと彼女なら、僕の痛みを知っても逃げないと思ったからだ。弱くて、情けなくて、心のどこかが壊れている大人でも、まっすぐに向き合ってくれると思ったからだ。

 10歳も年下の少女に望むには、大きすぎる期待を抱いてしまった。
 すがってしまった。
 そして今もまだ、彼女の手を握ったままでいる。

 いいのだろうか、このままで。

 このまま彼女の時間を奪い続けても構わないのだろうか。
 僕と過ごす時間は、彼女の幸せになっているだろうか。
 10年先の未来を約束したのに、——揺らぐ。

「椿……。僕は彼女を愛していいのかな」
 
 かつて僕の青春の全てだった少女に向かい、問いかけた。
 こんな僕へと、椿ならなんと声を掛けるのだろう。

 ふと見ると猫の耳の先に、ちょこんと小さな蝶が止まっていた。
 朝日を浴びてその蝶の羽は鮮やかな色彩を帯び、七色に輝いている。
 
 この土地なら冬であろうと蝶などいてもおかしくないが、なぜかその蝶が特別に思えた。猫を見た時と同じように、どこか人間的で不思議と感情が伝わってくるような気がしたのだ。
 虫を無機質なものと同じにするのは良くないけれど、僕にはその蝶の感情だけは理解できる。そんな気がした。
 
「もう、拓海ったら、情けないなあ!」

と、椿の声が聞こえた気がした。

「拓海は、いつまでクヨクヨしてるつもり?
 そんなんじゃ、10年経ってもタイムカプセル開けられないんじゃない?」

 椿が僕を咎める。

「でもね。大丈夫だよ。君はちゃんと人を愛せる人だから。
 それだけは私が保証する。そうでしょ? 拓海?」

 僕の記憶に棲む椿の声が、耳へと流れ込んでくる。
 
「……椿?、椿⁈」
 
 不思議な現象に慌てて周囲へと目を向けた。当然、ここにいるのは僕と猫だけだ。
 わけがわからない状態に戸惑っていると、黒猫の鼻先で休んでいた蝶が、ふわりと羽を広げて飛び上がった。ふわりふわりと優雅に踊り、僕の周りをダンスをするみたいに飛び回っている。
 なぜかあの丘で聴いていたフルートの音色が、蝶の羽ばたきとともに聴こえてきた。

「椿!!」

 彼女の名を叫んだ途端、蝶は空高く舞い上がり、新しい場所を求めて飛び去っていった。
 蝶が消えるとフルートの音も椿の声も止み、そしてまた忙しない作業音に包まれたスタジオの隅へと戻っていた。
 
 ……なんだったのだろう。今のは。

 ただ一つ確かなのは、僕はもう立ち止まらないということだけだ。
 この世界をあの蝶のように飛び回りつづけるということ。
 
—— あの日、彼女と共に椿のタイムカプセルを開けた時から、まるで10年前からそうすることが決まっていたかのように、僕は自然と椿のメッセージを理解した。
 僕の隣に座る少女が、僕と共に歩く人なのだと。

 ぽんっと、ベンチコートのポケットの中でスマホが鳴った。
 膝の上で丸くなっていた黒猫は一瞬だけ片耳をピンと跳ねさせたが、またすぐに寝息を立て始めた。今度こそ、そっと二つに折られたスマホを開いて液晶画面を見る。
 するとそこにあるのは、雛子さんからのメッセージだった。

ニコちゃん:「こんばんは! 春休みになったら、ロサンゼルスに遊びに行きます」

拓海:「おはよう。行きたいところあったら、ピックアップしてもらえると助かる」

ニコちゃん:「そういうの、男子のお仕事では?」

拓海:「僕が選ぶと、おじさんばっかりいるスポットしか行かないけど、それでいいの?」

ニコちゃん:「それがいいです。おじさんスポット最高!」


 彼女からの返信に口元がつい緩んでしまう。
 久しぶりに聞いた、“おじさん”が、こんなにもパワーワードとして響くとは。

ニコちゃん:「あと」

 と彼女が呟いた後、次のメッセージが来るまでに空白の時間が生まれた。

ニコちゃん:「2人きりになれるところ」

ニコちゃん:「行きたいです」
 
 ぽんっ、ぽんっ、と立て続けに音がする。発せられた彼女のメッセージに、どう応えればいいだろう。
 彼女はまっすぐに言葉を発するタイプの人間ではない。彼女もまた僕と同じように、冗談混じりの中に本音を滑りこませて生きている。

 そんな彼女が発した台詞を冗談にするのは、男としてよろしくない。いや、無しだ。よしっ。と気持ちを決めて返事をしようとスマホに指を走らせた瞬間、遠くから赤毛の女性が、英語で何やら叫んでいることに気づいた。

「デイジー! ここにいたのね! もう! 探し回ったのよ!」

  と、女性が駆け寄ってきた。
 こちらへと近づいてくる女性の存在に気づいているはずなのに、黒猫は背を丸めたまま眠ったふりをしている。仕方なしに僕は猫の代わりに女性に声をかけた。

「デイジー……って、この黒猫のことですか?」

「ええ、そう。うちのプロダクションの子なの。撮影中に逃げ出しちゃって。
 ブロック二つも超えてきちゃったわよー」

 もう、へとへとなの。と、彼女はオーバーリアクション気味に肩をしょげさせた。
 そんな彼女のことなどお構いなしに黒猫はふて寝を続けている。どうやら、デイジーというこの黒猫は仕事をすっぽかして逃げてきたらしい。

 でも、こちらは一刻も早く彼女に返信をしなくてはならないというクエストが待っている。女性と猫のバトルを見守っている時間的余裕はない。

「残念だけど、休憩時間はここまでみたいだよ?」

 仕方なく猫を抱き上げると、もう絶対に仕事をしたくないという意思表示をするように黒猫は身体をだらっと弛緩させた。するりと僕の手からも抜け出そうとする。

 「おっっと、と……」

 慌てて液状化する猫をしっかりと抱えた。
 もう絶対笑顔なんてするものか。という強い意思を見せる猫に向かい、スマホのカメラを向けた。僕と猫が入るようにカメラを調整してシャッターを切る。

——パシャッ
 
 すると、途端に猫の目がパッと見開かれた。
 出来上がった写真は愛らしい猫と、そんな猫を抱きしめて幸せそうに笑う僕がいる。

「ふふっ。……やっぱり。なんだかんだ言って、君も俳優なんだね。
 カメラを向けられたから、お仕事モード入っちゃった?」

 意地悪く笑いかけると、さも悔しそうに目を細めて、にゃあと一つ鳴いた。

「働いたらまたおいで。僕も働いてくるからね。
 そしたら、また、もふもふさせてよ。
 働いた後のご褒美は最高だって、君も知ってるでしょ?」

と、猫を女性に差し出すと、今度は素直に女性の胸に飛び込んで抱かれた。


  *    *    *

 女性と黒猫を見送った後、スマホへと視線を落とす。メッセージが来てから時間が経ちすぎている。きっと雛子さんは、ヤキモキしながら僕の返信を待っているんだろう。
 彼女がどんな表情で返信を待っているのか想像したら、胸の中がほっこりと温かくなる。

 きっと、大丈夫だ。
 彼女と一緒なら、僕らなら。2人なら乗り越えられる。

 つい先ほど撮影した黒猫とのツーショットを添付して、メッセージを送る。

拓海:「可愛い子と写真を撮ったから、
    雛子さんとのアプデ(上書き)が必要かな?」

 と送ると、早速、返信がくる。

ニコちゃん:「そんな可愛い子と撮るなんて。ずるいです! 
       そんなの、アプデしても書き換えられません!」

 と、怒ったスタンプが立て続けに送られてきた。
 画面がスタンプの海に流される前に、メッセージを送る。

拓海:「だったら一緒に撮ればいい。僕の仕事場に連れて行ってあげるよ」

ニコちゃん:「うっ……、それなら許します」

 思った通りの反応が返ってくる。
 彼女の可愛らしい嫉妬に、ニヤニヤが止まらない。
 無理矢理ニヤつく口元を押さえ込みながら、画面をタップした。

 音声アプリを開いて、ボイスマイクを表示する。
 スマホのマイクを口もとへと近づけて、すうっと息を吸いこんだ。
 

 ——とくんっ、と、心臓が弾む。


 僕の心が、弾んでいる。
 僕は今、雛子さんと共に生きるために、息をしている。
 透明なフィルムの先じゃない、こちら側で彼女の手を取り、息をする。
 
 木屑と排気ガスの混じった空気だけれど、ここが今の僕の生きている場所だ。
 この瞬間も、彼女と過ごした過去も、未来も、僕にとっては、全てがかけがえのない時間だから。

 だから、ここから君に伝える。
 言葉(ワード)だけじゃなくて、”声”で、君に届けよう。

「——でも、それ以外の雛子さんとの時間は、全部、僕のだから。
 覚悟しといてね。2人きりになれるところ行きたいって言ったこと。

 雛子……愛してる」




—  F I N ——

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