第21話

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2022/11/14 01:04

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 高校生活最後の学園祭を終えたばかりの教室は、どこか感傷的な空気が漂っていた。残すところはタイムカプセルを埋めるイベントのみだ。タイムカプセルを埋める前の最終確認として、みんなのタイムカプセルの確認をする。雛子はリストの名前に漏れがないようにチェックをした。

 「集められましたか?」

 と加賀美に尋ねられて、集計数を伝える。

 「はい、クラス全員分あります」
 「では埋めにいきましょうか」
 「はい」

 クラスのタイムカプセルの入った段ボールを抱えて、先生の後ろをついていく。

 「昔は自分で埋めたいと名乗り出る学生がいたぐらいなんですけどね。今は土いじり嫌いな子が多いでしょう? いつのまにか、委員会の仕事になっちゃいましたね」
 「私は好きですよ? わりと土いじるの。この前も、穴掘っちゃいましたし」
 「末吉から聞きました。よく見つけましたね、宝箱」

 誇らしげに加賀美が言った。その期待に応えるように雛子も胸を張る。

 「日生椿は、個人に向けたメッセージが、学校の伝説になってるなんて思いもしなかったでしょうね」
 「そうだ。よろしければ、黒川さんも伝説を作ってみたらどうです?」

 加賀美がとんでもない提案をする。
 学校の伝説なんてどうやって作るのかわからないけれど、全く興味がないわけではない。

 「どういう伝説がいいでしょう?」
 「そうですねえ……タイムカプセルに好きな人の写真を入れたら、その恋は叶う。とか」

 と加賀美が意味深に雛子へと視線を向ける。そんな担任の隣で雛子は肩をすくませた。

 「……そんなの入れてません」
 「そうですか? タイムカプセルに入れるものができたようなので、てっきり写真かなと」
 「残念でした。違いまーす」

 加賀美の予想を笑い飛ばした。

 「はあ、違いましたか」

 と、彼は残念そうなためいきを吐き出した。






 穴の中にタイムカプセルを埋めていく。機械的にタイムカプセルを並べていき、ちょうど人間なら女性一人分ぐらいの穴に四角い箱が整列する。その上に土をかけ終えると、『2024年卒業生』と刻まれた看板を差し込んだ。

 こうしてタイムカプセルを埋める儀式は終了した。と同時に拓海への想いも封印した。
 タイムカプセルの中には、拓海と一緒に撮った画像を保存したクラウドのアドレスとパスワードを書いた紙を入れた。もう2度と開かない保存先が10年後も使えるかどうかなどわからない。けれども10年も冷たい土の中で眠れば、今抱いている感情は熱を失い、“青春の想い出”になってるはず。
 
 「さよなら、私の初恋」
 
 雛子は無機質な箱にさよならを告げた。






 2024年 春

 「加賀美先生、3年間ありがとうございました」

 雛子は加賀美へと深々と頭を下げた。雛子の胸に差し込まれた赤いカーネーションの造花がカサカサと鳴った。

 「黒川さん、新しい世界を楽しんでください」
 「……はい」

 スマホの中に溢れる同級生だった人々のタイムライン。彼らは思い思いの感情を、短いメッセージと共に狭い箱に押し込んで、大きな海へと流していく。きっと、流したことも忘れるぐらいに長い月日が経って、今日流した箱が再び彼らの元に届いたのなら、それはネットの中で浮遊するタイムカプセルに違いない。

 タイムラインを追うのをやめて、ワイヤレスイヤフォンを耳に差し込む。スマホにDLしたフルートのアルバム曲を流した。拓海のタイムカプセルの中に入っていた日生椿との思い出の曲。それは今では雛子の思い出の曲でもあった。

 受験の当日、拓海の背中に抱きついて試験会場に向かった時も、丘の上の公園で日生椿のタイムカプセルを見つけた時も、そしてバスの中で拓海のタイムカプセルを開いてしまった時も…….
 
 —— いつもこの曲が流れていた。

 商店街を抜け、怪しいホテル街を過ぎ、桜の木が埋まる通りを越えて、砂場と鉄棒しかない公園へとたどり着いた。丘の上の公園に聳える一本の大きな桜の木の下。10年の月日を得て広がった緑色の絨毯の上には、可愛らしい小さな花がポツリポツリと咲いている。


 雛子はベンチに腰掛ける。手のひらで太陽を隠して、空を見上げた。まだ眩しいほどに太陽が高い位置にある。カランコロンと下駄の音がした気がして、ハッと振り返った。けれども早咲きの桜の花が、ざっと音を立てて白い花びらを公園内に広げるだけで誰もいなかった。

 「……いるわけないのに」

 癖のようにスマホをスカートの中から取り出してパスワードをなぞった。そこには空っぽになったフォルダーがある。“拓海”と書かれたフォルダーを、指先でスイッと移動して、ゴミ箱へと入れた。
 突然、白銀の蝶がスマホの画面にちょんと乗った。

 「え?」

 と雛子は驚き、蝶を見つめる。
 銀色の蝶は羽根を優雅に開いては閉じ、そして真っ白な羽粉を振り撒いて太陽へと向かい飛びたった。
 
 じゃりっと地面の土を蹴る音がした。
 黒いスニーカーが目に入る。タートルネックのセーターの首元を指先で直しながら拓海は雛子の隣に腰を下ろした。端正な横顔を真っ直ぐに、目の前に広がる景色へと向けて、腕組みをしている。

 「な、なんでここにいるんですか?」
 「なんでって、ここは僕の場所でもあるでしょ?」
 「そうですけど……」
 「ニコちゃん……、実は大問題があるんだよね」

 と、真剣な表情を崩さずに、真っ直ぐに前を向いたまま、拓海は言葉を続けた。

 「どうやらこれは僕のタイムカプセルではないらしい」

 と拓海がプラスティックのタイムカプセルを雛子へと差し出した。表紙には末吉拓海の名前が記載されている。

 「は?」

 雛子は意味がわからずにいると、拓海が「パカパカすればわかるのだ」とふざけた調子で言った。タイムカプセルを開けると、白い紙が出てきた。そこにはアドレスとパスワードが記載されている。それが、何か気がつき、雛子はその場を立ち上がった。

 「はっ! ご、ごめんなさい間違えました!」
 「僕のタイムカプセルは、どこにあるのかな?」
 「多分、土の……中に埋めたかと」
 「……埋めた?」
 「前の箱は壊れちゃったので、加賀美先生に新しいタイムカプセルのケースをもらって。あの、ちゃんと入れたつもりだったんですけど、入れる時に、自分のタイムカプセルとおじさんのを入れ間違えたみたい……です」

 うっかり雛子の箱の中に10年前の拓海が埋めたタイムカプセルの中身を入れてしまった。そして再び後夜祭の際に埋めた。

 「ほんとごめんなさい! 今から掘り返してきます!」

 と、鞄を掴んだ。

 「それよりも、すっごく気になることあるんだけど、ニコちゃんに聞いていい?」

 と、拓海がふっとこちらへと顔を向けた。拓海の緩いウエーブがかった髪が風に乗って揺れた。
 仕方なく雛子は拓海の前に足を揃える。

 「どうして僕との写真を、ニコちゃんのタイムカプセルの中に入れたの?」

 真っ直ぐな質問を受け止めてしまい、雛子は掴んだ鞄をぎゅっと抱きしめた。

 「それは……」

 ごくりと唾を飲み込んだ。

 「高校時代の私を表すなら……きっとそれはおじさんと一緒に過ごした私だったから…… 」

 込み上げてくる感情を正直に言葉に乗せた。

 「それは光栄だね。こんなおじさんでも役に立てたってわけでしょ?」
 「……ですね」
 「それで、リア充を求めるニコちゃんには、僕はもう土の中に埋めたい対象ってことかな?」
 「そういう意味じゃないです! なんで悪い方に捉えるかな」

 想いに気づかれたと思ったのに拓海は全くの鈍感らしい。それは雛子が”お子ちゃま”なせいだからか。雛子は悔しさできゅっと唇を噛み締めた。

 「じゃあさ、まだ間に合うかな」

 と拓海が雛子へと手を差し出した。

 「ニコちゃん……。ううん、黒川雛子さん。
 10年後、一緒にタイムカプセルを開けてくれますか?」

 拓海の差し出した手に、彼の言葉に、どんな意味が含まれているのか。きっと恋を知ったばかりの私ではわからない。けれども10年後の私なら、その意味を知っているかもしれない。






 [ねえ知ってる? この高校の伝説。
 タイムカプセルの中に好きな人の写真を入れると、永遠に結ばれるんだって]



(fin)

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