真夜中。
君からの電話に
濡れた髪をタオルで拭きながら耳を傾ける
阿部「どうしたの」
いつもみたいにそう聞けば
なんでもないよ、なんて
笑い声の交じった返事と
そんな声をかき消すほどの風の音。
阿部「どこにいるの」
___「どこでもないよ」
阿部「ふざけないで」
心当たりなんて山ほどあったけど
電話の向こうへ行くには
さすがに情報が少なすぎる
静かになる電話越しに不安になって
渋々上着に手をかければ
___「言ったら来てくれる?」
なんて、
何があったかは知らないし、
いつもと違うこと以外何もわからないけど、
阿部「来て欲しいから電話してきたんでしょ?」
こうゆうやつだ。
昔から。
嬉しいのか、クスクスと笑ったあと
海。なんて一言だけ。
あー、もう、ばか。
手にとった上着に腕を通し
鍵も閉めずに家を出た。
真っ暗な海沿いの堤防の一番端
足をぶら下げて座る姿が見える
阿部「なにしてんのっ、」
息を整えながら
今にも消えそうな背中に声をかけた。
「死のうと思って」
少し強い風が吹いたあとに
「でもダメだった、」
なんて、。
阿部「なに、冗談で言ってるの?」
抱きしめようと思ったけど
触れることですら怖かった。
何も答えないまま
波と風の音だけが聞こえる。
阿部「秋」
名前を呼べば
ゆっくりと振り向いてから
ケラケラと笑う
「冗談だよっ、そんな怒んないでよ、」
そう言う彼の顔を見てやっと気づいた。
きっと、冗談じゃないんだろうなって
冷えきっていた体を痛いぐらいに抱きしめれば
何も言わずにそのまま体をあずけてくる
阿部「帰ろ」
「もう少しだけいようよ」
阿部「だめ。秋が消えちゃう。」
「消えないよ」
ふにゃっ、と笑ってから。
また深い深い海の方へ視線を向ける秋。
何を見ているのかなんて、
分からなかった。
「阿部ちゃん」
阿部「なに?」
「来てくれてありがとう」
2度目の彼の笑顔を見る前に
正面から抱きしめた。
どれだけ時間が過ぎたかなんて
もうどうでもよかった。
阿部「怖いこと言わないで」
返事は無いまま
静かに抱き締め返してきただけだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!