「茜ちゃん」
"茜ちゃん"と彼……、結城颯太くんが私を呼んだのは初めてだった。嬉しかったし、驚いた。
「な、何?」
「今、ちょっといい? 大丈夫、そんな長くならないから」
彼の真剣な表情に押されて、私はうなずいた。いつも笑顔で、明るい彼が珍しい。
「……あのさ。最近1人でいるけど、どうしたの? 僕のことも、避けてるみたいだし」
「っ……」
「僕でよければ聞かせて?」
「ありがと……」
彼の優しさに甘えて、私はぽつりぽつりと話し出した。
波奈とのことを、全て。
いつのまにか、私の目からなにか出ていた。
それが、涙だと気づくのに時間はかからなかった。
「茜ちゃん? どうしたの?」
「ありがと、話聞いてくれて。なんか、だいぶ落ち着いたみたい」
「……それなら良かった。ごめんね、僕のせいでいやな思いさせちゃって」
彼は少し上目遣いになって、謝った。
「別に結城くんが謝ることじゃないのに……」
「あーあ、やっぱダメだなぁ、僕。好きな人に嫌な思いさせちゃうなんて」
「え?」
彼がさりげなくいった言葉を、私は聞き逃さなかった。聞き捨てならない言葉だ。
「あっ……、しまった……」
「……そ、その……」
「茜ちゃん」
彼の声が、真剣味を帯びた。
「はっ、はい……」
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!