「ねぇ、そういえばさ。あの本、読み終わった? あの、あれ! 前、話してたやつ!」
あれから彼は、なんとなく私の近くで積極的に話しかけてくれるようになった。
「もしかしてナイトオブ・ザ・ホテル? 読みたいって言ってたでしょ? 読み終わったよ、ほら」
結城くんは私が差し出した本を見て目を輝かせた。私の愛読書の一つで、有名な作家さんの作品だ。
「あ、それそれ! ありがとう!」
「どういたしまして。確かに面白いけど、そんなに早く読み終えようと思わなくていいからね。3か月後くらいに返してくれれば」
「そんなに借りていいの? まあでも、読み終わったらすぐ返すね!」
彼はスキップする勢いで自分の席に戻って、さっそく読みはじめた。嬉しい。
「おはよ、茜」
「あ、おはよう優奈」
「茜。あのさ……、波奈のこと、応援してるんだよね?」
いつもの優奈とは、何かが違う。表情も強ばっているし、どこか不安げだ。
「もちろん。親友の恋を応援しない人なんていないよ」
あわてて少しだけ口角を上げた。いわゆる作り笑いだ。気づかれてないといいけれど。
「そうだよね? 良かった。最近、結城くんとよく一緒にいるから。あんまり近づきすぎないでよ?」
「うん、わかってる」
まあ、そうなるよね……。当たり前だよね……。親友が好きな人に、別の人がベタベタしてたらそりゃそうなるよね。
……でも、やっぱり悲しい。
「……やっぱり、好きなんだ……」
空だけが青く、清々しかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。