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第2話

出会いはいつだって突然で
もしかしたら会えるかもしれない。
最初は、そんな軽い気持ちだった。
まさか本当に貴方に会えて、恋人になれる日が来るなんて思ってもいなかったから。

「冬休みさ、名古屋に行かない?」
友達から旅行の誘いを受けて、私は今愛知県に向かっている。
私が暮らしている埼玉から新幹線で4時間。
これだけの時間で100km先まで移動出来てしまうのだから、現代の技術に恵まれている。
そもそもどうして旅行に、それも名古屋で。
新幹線のチケットを購入する前、誘い主の友達に尋ねた。
昔から付き合いのある友達、いわゆる幼なじみだったので、旅行に対してはなんの嫌悪感も抱かなかったが、目的が読めなかった。
答えは簡単だった。
「センラさんが踏みしめている地をこの目で見てみたいから。」
センラさん、というのは彼女が大好きな歌い手グループのメンバーである。とはいえ彼女の最推しは彼ではない。
むしろ私が彼の大ファンだ。
それなのに名古屋に行こうと誘ってきたということは、もしかしたら私の心が透けて見えていたのかもしれない。
実は、前々から名古屋を訪れたいとは思っていたのだ。
でもセンラさん目当てで彼の暮らす土地を訪れるなんて、迷惑かもしれない。
そもそも会いに行きたかった訳では無いので、誰にも迷惑ではなかったのだが。
そんな私の心の内を彼女は拾ってくれたのかもしれない。
真純
あなたちゃんは飲み物いる?
あなた

え?

真純
車内販売。私は買うけど。
あなた

私はまだ残ってるからいいや。足りなかったら真純のちょうだいね。

真純
はいはい。
時刻は午前11時。
もうすぐ名古屋だ。
お昼ご飯は何を食べようか、そんなことを考えていたらあっという間に着いてしまった。
着いてからもあっという間だった。
ガイドブックとにらめっこしながら目的地を定め、方向音痴な私の代わりに真純がマップアプリで検索する。
ドタバタ観光ではあったが、充実した時間を過ごすことができた。
ホテルに着いたときにはもうすっかり夜だった。
あなた

あー疲れた!

真純
ね!結局一日中歩き回っちゃった。
あなた

真純、先にお風呂入っていいよ。私コンビニ行ってくるから。

真純
そ?じゃあお先に。気をつけて行ってきてね!
カードキーを握って部屋を出る。
エレベーターで下まで降りると、ロビーは思ったよりも人がいた。
スーツを決めた男性ばかりだが。
少し考えればその理由はすぐに分かった。
ここはオフィス街のビジネスホテルである。
観光客である私たちは安いホテルを探した結果、このホテルにたどり着いたが、本来このホテルは出張仕事のサラリーマンのために存在しているのだった。
サラリーマン。
もしかしたらセンラさんに会えるかもしれない。
そんなことを一瞬考えて、フッと鼻で笑う。
名古屋のサラリーマンなんて何人いると思っているんだ。
たまたま会えるかもしれないなんて、私はいつから夢女子になったんだ。
いかんいかん。
ペットボトルのお茶を2本、おしゃべりタイムのお供にお菓子、それから他に必要なものは無いかと店内を回っていた。
???
あ、先どうぞ。
若い男の人が年配の女性に会計を譲っているところだった。
私、この声知ってる。
直感的にそう思った。
いやまさか、でも、もしかしたら……。
もう少し声を聞きたい。
商品をカゴに入れ終えた私はその男の人の後ろに続いてレジに並ぶ。
やがて彼の番が来た。
店員
こちら温めますか?
???
お願いします。あ、お箸要らないです。
心臓がドクンと大きく跳ねる。
間違いない、センラさんだ。
京都なまりの独特なイントネーションと、何よりしっとりとした色っぽい声色が、彼だと告げている。
会計を終え、あっという間に出ていってしまった後ろ姿を見つめる。
店員
お次のお客様どうぞ〜!
あなた

あ、はい!

店員が品物のバーコードをスキャンしている間も出口の方を気にしていた。
さっきの人、センラさんに違いない。
家がこの近くなのだろうか。
探せば見つけられるのではないか。
コンビニを出てからそんな考えがチラついている。
そんなことをしてはダメだ。
迷惑をかけるリスナーにはなりたくない。
浮かんでは消し去り、浮かんでは消し去るの繰り返しだった。
ホテルの部屋に帰ってきてもなお、ぐるぐると考えていた。
あなた

ただいま〜。ねぇ聞いてよ、さっきコンビニでさ…

…?
やけに静かだ。
入口でスニーカーからスリッパに履き替え、部屋の奥へと進む。
パジャマ姿の真純がベットに寝転んでいた。
真純
…すぅ……ん…zzz
あなた

な、なんだ。もう寝てたのか。

コートをハンガーにかけて小さなクローゼットにしまう。
手を洗おうと袖をまくったとき、洗面所の鏡に映る自分の姿が目に入った。
背丈は女にしては大きめで、肩幅が広い。
オマケに胸もない。
ボーイッシュな格好やマニッシュな服装をすれば、少し可愛げな男子にしか見えないだろう。
ボーッと自分の姿を見つめていると、あるひとつの考えが頭をよぎった。
それでもダメだ。
頭の隅で必死に私を止めるもう一人の私がいたが、その存在を無視して動き始めた。
クレンジングシートでメイクを落とし、ボーダーのTシャツと黒のスキニーに着替え、さっき着ていたコートとは別のブルゾンを羽織って部屋を飛び出す。
向かったのは、センラさんが消えた夜の街だった。