ガタガタと、美都を乗せた電車が揺れている。
あの事件から、1年が過ぎた。
幸いにも、美都の命に別状はなかった。
美都は、今日病院で手渡されたばかりの診断書に目を通す。
心にも体にも、異常はない。
それが、医師の診断結果。
人の気配を感じた美都は、目線をあげた。
見知らぬ人が、美都に向かって何かを話しかけているようだ。
けれど今の美都には、その人が何を言いたいのかが分からない。
見知らぬ人は、不思議そうに美都を見つめると、そのまま去っていった。
だが、その人が不審がるのも無理はない。
美都の耳には、ワイヤレスのイヤホンがささっていたから。
ただ、そのイヤホンの電源は、とうに切れている。
1年前から、充電されていないのだ。
美都は左頬に触れた。
その頬には、新しい傷が増えた。
けれど今はもう。その傷を嫌だと思わない。
むしろその傷を愛おしいとすら思う。
美都はスマホを確認する。
事件の後、マサヤの音楽アプリのアカウントは凍結された。
彼のフォロー数が増えることも、再生回数が増えることもない。
逮捕された後、マサヤはひどく錯乱していて、今も病院にいると聞く。
他の誰かがマサヤの歌声を聞くことも彼の姿を見ることも、もう出来なくなった。
だが2人の願いは、ある意味では叶っていた。
美都の頭の中では、今も美しいマサヤが歌い続けている。彼女だけのために。
美都は、本当に“ホシイモノ”を手に入れた。
自分の聴力と、引き換えに──。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。