冬弥side
初めは、本当にあなたの名字のことが苦手だった。
張り付いたような笑顔も
悲しげなフルートの音色も
他人と一歩引いて過ごす姿も
顔色一つ変えず嫌なことも率先してやる姿も
自分の人生のはずなのにどこか他人事のような姿も
クラシックに自ら囚われにいっているような姿も
全てを知ったような口ぶりも
全てが全て、苦手だった。
ただ、今ならわかる。
その全てが、勘違いだったのだと。
あなたの名字にはきっとあなたの名字なりの理由があって
誰も傷つけないように、自分だけが傷つくように
たったの一人で、今まで生きていたのだと
あなたの名字はきっと、ずっと泣けなかったんだろう
大丈夫、大丈夫と
心に言い聞かせて
俺はまだあなたの名字をよく知らないから、もしかしたら
今俺が考えていることが勘違いで
本当に今までのあなたの名字が、真実なのかも知れない
答えは誰も知らないけれど
今、目の前にあなたの名字がいるのだから。
寄り添えずとも、少しでも力になれるかもしれない。
だから、どうか。
お前のことを、俺に教えてはくれないだろうか。
俺はお前の、真実が知りたい。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!