悠も足を止めて、私をじっと見つめた。
彼の顔からも、笑みは消えている。
悠ははっきりと、拒否した。
でももう、強引に流されるわけにはいかない。
悠も頑として譲らない。
負けじと言い返したいけれど、こればかりは躊躇してしまう。
喉元まで出かけた言葉を、一度飲み込む。
どうしても、うぬぼれのように感じてしまって、言い出す勇気がない。
そんな私に痺れを切らしてか、悠がにじり寄ってきた。
あっという間に、廊下の壁際まで追い詰められた。
私の顔の両隣には、悠の手と肘がつかれている。
そんなことを考えている場合ではないのに、思考が一瞬逃避した。
頭を振り、恐る恐る見上げると、目と鼻の先に悠の顔がある。
視線が交わると、淡褐色の瞳が揺らいで、色が変わる。
それは熱を帯びているようにも見えて、私は耐えきれずに目を逸らしてしまった。
前にも、こんなことがあった。
あのときも、こうして心臓が高鳴っていた。
それを思い出し、私は腹を決める。
自分で言っておいて恥ずかしさに消えたくなりながら、どうにか最後まで言葉を紡ぎ出した。
悠は大きな溜め息をひとつ吐くと、壁から手を離して、私の頭をぐりぐりと撫でる。
悠は名残惜しそうに言って、職員室がある方向とは反対へと歩いて消えていった。
結局、職員室に用があるというのも、私に話しかけるための口実だったのだ。
望んでいた結末が得られたはずなのに、心の底から喜ぶなんてことはできなかった。
壁伝いに私は床へと崩れ落ち、放心状態になる。
そんな矛盾した言葉、私の人生では聞いたことがなかった。
去り際の悠の顔が、目に焼き付いて忘れられない。
一向に戻ってこないことを心配した響希くんが捜しに来るまで、私はそこから立ち上がれず、ぽつんと座り込んでいた。
彼の問いかけに、私は語る言葉を持たない。
泣きべそをかきながら首を横に振るばかりで、響希くんを困らせてしまった。
何かを察していても、黙っている響希くんの優しさに救われる。
結局、この日は悠も生徒会室には戻ってこなかったらしい。
【第17話へつづく】
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。