私が生徒会役員に立候補したのは、自分に自信をつけたかったから。
中学までの私には、何も誇れるものがなかった。
飛び抜けて成績がいいわけでもなく、運動能力も平均的で、人と話すことだってうまくない。
その上、クラスで浮いている。
そういう悩みを克服すべく、一年生の時、生徒会役員に立候補して無事やり遂げたところまではよかった。
二年目も継続しようとした結果、まさかの『あみだくじ』で生徒会長になってしまったのだ。
辞退を申し出たけれど、響希くんが「雪乃だったらできると思うよ」と背中を押してくれたから、今がある。
彼は、私とは正反対とも言えるほど、爽やかで笑顔の似合う好青年。
真面目だけれど、いわゆる堅物とは違って柔軟性もあって。
私が『普通の女の子らしい高校生活』を送りたいと願っていることも知っているから、さっきみたいにそっと助けてくれる、優しい人。
実際は、女子の嫉妬も相まってうまくいっていないけれど、それでも嬉しい。
ぼーっと佇む私を、響希くんは心配してくれた。
生徒総会の次は文化祭。
これも生徒会主導とも言えるイベントで忙しいけれど、せめて高校最後に好きな人との思い出を作りたい。
好かれている自信はもちろんない。
だけど、動かなかったら何も始まらないんだ。
『告白』の二文字を胸に刻み、マイクのコードを巻きながら、私はひとり頷いた。
そういった考え事をしていたせいだろう。
地下倉庫に向かう途中、畳みかけで歪んでいた床のマットに、私は足を引っかけてしまった。
一歩、二歩、前のめりになって進んだ後、マイクを取り落とす。
そのまま顔面から転びそうになった瞬間、私の体は空中でピタリと止まった。
誰かが支えてくれたのだと分かって、息を呑む。
一瞬だけど、響希くんに抱き留められた。
その感触と体温に理解が追いつかず、私はぽかんと口を開ける。
響希くんは笑って、私の背中を軽く叩き、そう励ましてくれる。
どうやら、さっきのクラスでの事を気にかけてくれているらしい。
ときめきと同時に、自然と笑みが零れた。
水瀬くんが床に落ちたままのマイクを拾って、すたすたと去って行く。
その横顔は、いつもの余裕のある笑みではなく、神妙なもので。
彼はいつも、何を考えているのか分からない。
だから、苦手だ。
***
翌日の放課後。
生徒会室に行く前に、私は響希くんを呼び出すことにした。
放送室なら生徒会役員もよく利用するので、不自然ではないし、何より防音だ。
誰にも知られずに告白するのにうってつけの場所。
【話したいことがあるので、放課後一度放送室に来てくれますか】
そんなメッセージを送って数秒後、すぐに既読がついた。
【分かった】とだけ返事が来て、いよいよ緊張で体が震える。
文化祭の直前は慌ただしくなるから、告白するなら早めがいい。
玉砕した時でも、時間がある分立ち直れる気がする。
そんな理由で今日にしてしまったのだけれど、ほんの少しだけ後悔した。
思わず、入り口の扉に背を向けて立つ。
直後、ゆっくりと扉が開く音がした。
【第3話へつづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!