第5話

流れに流され
2,466
2020/01/02 09:09
水瀬くんの判断が正解だったと分かるまで、時間はかからなかった。


私たちが放送室を出てすぐに、私の担任教師と、教頭が足早に駆けつけてくる。
担任教師
担任教師
早乙女さん……! あなたともあろう人がなんてことを!
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
す、すすす、すみません!
教頭
教頭
君たちが生徒会役員だから、信頼して放送室の鍵を貸しているんだよ!?
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
重々承知しております!

学校でここまで叱責を受けるなんて、初めてのこと。


自分のしでかしたことの重大さを、思い知る。
水瀬 悠
水瀬 悠
でも、電源を落とし忘れてたのは前に使ってた人ですよ。
告白が流れたのだって、わざとじゃないんですから
教頭
教頭
君ねえ! それでも、学校内が騒がしくなることは変わらないんだよ!
水瀬 悠
水瀬 悠
関心を向けられるのは俺たちです。
どうにかしますんで

水瀬くんは悪びれもせず、堂々としている。


ぺこぺこと頭を下げている私とは、正反対だ。
担任教師
担任教師
とにかく! これで生徒間のトラブルが発生しても、先生たちも全てはかばいきれませんよ。
ちゃんと分かっていますか?
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
……はい

その場はとにかく謝って過ごした。


けれど、いざ生徒会室に向かい始めると、校舎のあちこちの窓から男女問わず生徒たちが顔を出してこちらを見ている。
男子生徒
ひゅーっ! お前ら、やるーっ!
女子生徒
えーっ! やっぱり会長と水瀬くんじゃん!
女子生徒
氷姫マジで告ったの……? ってか、水瀬くんがオーケーしたとかショックなんだけど!

はやし立てる声、驚く声に混ざって、ショックを受けている女子も少なからずいる。


水瀬くんは苦手だけど、外見は結構整っているし、細身で背も高い。


爽やか系の響希くんとはまた違う、アンニュイな雰囲気を纏っている。


彼をいいなと思う子、好きな子もいて当然だ。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(視線が怖い……)

また一層、女子生徒には距離を置かれてしまう。


怖くてうつむきがちに歩いていると、背中をとんっと指で叩かれた。


犯人は、水瀬くんだ。
水瀬 悠
水瀬 悠
堂々としてろ。
もしもあれが放送されていなかったとして、俺らが用もなく放送室にいたことくらい、どうせ後から噂で広まってたんだから
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
……!

普段はぼんやりしているし、考えていることもよく分からない水瀬くんが、こんな風に励ましてくれることがあるなんて。
水瀬 悠
水瀬 悠
はっ、驚きすぎ
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
だって……意外だったから
水瀬 悠
水瀬 悠
まあ、期間限定でも彼氏ですから?
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(放送されていなかったら、ここまでのことになっていないんだけどな……)

人を気遣う心が、彼にもあるのだ。


今まで、何を考えているか分からないからという理由で避けていたことを、少しだけ反省した。



***


水瀬 悠
水瀬 悠
おつかれー。
遅くなってごめん

生徒会室に着き、水瀬くんがそう声をかけるなり、役員たちの視線が一斉にこちらへ向いた。


みんな手を止め、愛想笑いを浮かべる。


響希くんも、なんと声をかけていいか分からないようで、気まずそうな顔をしていた。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(うわ……生徒会ですらこんな状況に)

思わず後ずさりしそうになる。


私が目を泳がせている間にも、水瀬くんは平然と中に入っていき、今日の作業分担をホワイトボードで確認した。
水瀬 悠
水瀬 悠
ねえ、放送聞いた?
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
……!

彼はそうしてみんなの反応を窺い、頷いた彼らににっこりと笑いかける。


私を手招きするので、仕方なく近くへ行くと、急に肩を抱き寄せられた。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
きゃっ!
水瀬 悠
水瀬 悠
放送が流れてしまったのはわざとじゃなかったんだけど、そういうことだから
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
ちょっと……! みんなの前でやめてよ!
水瀬 悠
水瀬 悠
照れるなって

腕を振りほどいて逃げようとするけれど、力が強くて叶わない。


そんな状況でも、役員のみんなからは、祝福の拍手が起こった。
生徒会役員
生徒会役員
さすがにびっくりしたけど、会長にも春が来たな……
生徒会役員
生徒会役員
ほんと。
生徒会長の恋って……なんか、いいね
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
いや、そんな穏やかな話じゃなくて……!

そこまで言って、ぐっと黙る。


ここで事情は説明できない。


勘違いを解くために言ったことが、更なる混乱を招くことになるからだ。
黒須 響希
黒須 響希
おめでとう。
ふたりがそこまで仲いいなんて、全然知らなかった
水瀬 悠
水瀬 悠
おー、響希

響希くんが私たちの元へやってきて、祝ってくれたけれど、その頬が少し引きつっている。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(今、何を思ってるんだろう……? 少しはびっくりしたのかな?)

彼の感情に興味はあっても、もちろん聞くことは不可能だ。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(簡単に引き返せないところまで来てしまった……)

ため息が出そうになるのを我慢したけれど、会議にも資料作成にも身が入らない。
水瀬 悠
水瀬 悠
会長、資料はそれじゃなくてこっち
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
え? あれ!?
水瀬 悠
水瀬 悠
しっかりしろって

水瀬くんに、額を小突かれた。
早乙女 雪乃
早乙女 雪乃
(な、なんか急に彼氏づらしてるんですけどー!)

額を押さえながら響希くんの方をちらっと見やると、彼は珍しく真顔で作業をしていた。


【第6話へつづく】

プリ小説オーディオドラマ