どこに向かっているかも分からないまま彼について行く。他の人ならどこに連れて行かれるのか分からないからすごく怖くなると思う。けど,律くんだからか安心できた。
恐る恐る尋ねてみるが,彼はこちらを見てさっき教室を出る時に見せた小悪魔のように微笑むとまた前を向いてしまった。階段を降りて外に出た。もしかして裏庭に向かってるのかな。なんとなくそう考えていると律くんが止まった。やはり裏庭だった。
彼は私の言葉を聞くとくるりと振りかえり,私の目をじっと見ると何を思ったのか私のことを抱きしめた。小5のときに抱きしめられたときとは違って力が強くなっていた。なのに優しい感じがする。彼に抱きしめられると安心してしまう私のくせも治っていないみたいだった。
強く強く抱きしめながら私の耳元で囁くようにそう言う彼。彼からは優しさが感じられたけど,そこには少し不安も感じられた。
そう返すと彼はあの頃と同じような無邪気な笑顔を私に見せた。私は昔からその笑顔に弱い。というか,どうしても直視できない。顔を逸らしてしまう。
視線を逸らすとすぐに彼は私の頬を両手で押えて自分の方に向けた。私のおでこと律くんのおでこがあたる。
自分でも分かるほど私は真っ赤になっていた。彼は笑いながらそう言うもおでこも頬の手も離してくれず,綺麗で優しいその瞳でずっと私を見つめている。彼は私がその顔に弱いことを知っているんだろう。少しずるい人だ。
彼は先程の顔とは違い,真剣な顔になると自信なさげに私を抱きしめて
そう言った。その言葉がうれしくて私は思わず涙を流していた。
あの頃から彼にずっとずっと言われたかった言葉。それを今,彼の口から聞くことができた。それだけで私はすごく幸せでうれしくてうれしくて仕方がない…以上のうれしさだった。きっとこれが言葉に表せない感情,というものなんだと思う。
彼は心底ほっとした顔をして私を見る。その顔はほんとに綺麗で見惚れてしまうほどで。私は彼にぎゅっと抱きつく。彼は驚いたが,すぐに優しく抱きしめ返してくれた。
彼は私の頭をぽんぽんっと撫でた。その手から感じられたぬくもりはすごく安心できる。このままずっと抱きしめられていたい…そう思ってしまうほど心地いいのだ。
少し照れくさそうにそう言うと彼は私の手を握りこう言った。
彼はよっぽど恥ずかしかったようで頬をほんのりと赤く染めている。こういうたまに見せるピュアなところはあの頃と全く変わっていない。そんな姿を見る度に愛おしいなと思っていた。私は握られた手を優しく握り返し,彼の目を見て
と言う。律はうれしそうに笑うと私の手を握ったまま校舎の方に戻って行く。手をひかれるがままに私は律について行く。私を引っ張ってくれる彼の背中を見つめながら。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。