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第1話

入学式
1,143
2018/10/05 12:37
月野楓
「はぁ、緊張するなぁ……」

 今日から私、月野楓は、星森学園の一年生になる。
 豪奢な正門。それを彩る花びら。
 その全てが新入生の私たちを祝福しているようで、私は期待に胸を躍らせた。


生徒
「新入生、入学おめでとう!」
生徒
「おめでとう!」

 校舎までの長い道のりで、在校生たちが快くお祝いの言葉を向けてくれた。

月野楓
「ち、違う……」

 この人たちじゃない。
 きっと、この人たちは良い環境で育って、優しい性格をしているのだ。
 じゃなかったら私にこんな屈託のない笑みを浮かべないだろう。

月野楓
「違うの、私が求めているのは……」

 私は鞄からカバーで包まれた本を取り出した。

小説の内容
『「厭らしい身体をしているな、真美……」
「だめっ、耳元で囁かないで……!」
 真人の甘い声が真美の耳朶を擽る。
 真美の細い身体が撓り、快楽に逃れるように目を瞑った。
「今度はどこを虐めて欲しい……?』
月野楓
「ま、真人さま~~!」

 私は人目もはばからずに本を抱きしめ、叫び声を上げた。
 あまりの尊さに息を荒げる。

 そう、私は、真人さまみたいな人を探していた。
 私は真人さまみたいな人に……。



月野楓
「虐められたい!!」


 星森学園は私立校で、設備も整っていて、校舎内もとっても綺麗で豪華な学校。
 外観も内装もどこかの洋館みたいで、お姫様になれた気分。

 それから校則もほとんど自由。
そして何より制服が抜群に可愛い。

 セーラー服と似ていて、オリーブ色の襟とスカート、ブレザーは金色のボタンでダブルタイプに留められている。
スカートの裾にはレースが付けられていて、お嬢様みたい。

 私はこの制服が着たくてこの学園を受験した、といっても過言ではない。

月野楓
「……ふふ」
 私は窓に映る自分の姿を見ながら、くるりと一回転した。
 スカートがふわふわ舞う。
 可愛いなぁ、この制服。
 と、自分の制服姿ににやにやしていると――。
桐ケ谷渉
「危ないっ……!」

 誰かの言葉に後ろを振り返ると、生徒はみんな上を見上げていた。
 私もつられて見上げると、学校に飾られていた大きな看板が、強風にあおられて落ちてくるのが見えた。
月野楓
「ひゃっ……!」
 しかもそれは、確実に私の方に落ちてきて。
 私の身体は震えてしまって、その場から離れたいのに動けない。
 思わず目を瞑った。
どうしよう、下敷きになっちゃう……!







 そのとき、誰かにぐいっと肩を抱かれた。


 ガタン! と看板が落ちる音が聞こえる。

月野楓
「……あれ?」
 痛みがない。
 ゆっくりと目を開けると……。
桐ケ谷渉
「大丈夫?」
 目の前に、端正な顔立ちの男の子がいた。
 凛とした声が、耳元で響く。
月野楓
「え、えっと」
 あまりの至近距離に私はうろたえる。
 まっすぐに私を見つめる彼の瞳は、黒くて大きい。
 黒髪はさらさらで、太陽に反射して艶やかにきらめいている。
 まつげも長くて、うらやましいなぁ。
桐ケ谷渉
「……あの、俺の顔になにかついてる?」
月野楓
「へ!? あ、い、いえ、その」
桐ケ谷渉
「看板、君の真上に落ちてきたからびっくりしたよ。けがはない?」
月野楓
「え……? あ、ないです」
桐ケ谷渉
「そう、良かった」
 私の肩には、彼の手が添えられていた。

 そっか、この人が私を助けてくれたんだ……。

 彼の手から、温もりが伝わってくる。
 私の肩を抱く手は意外と力強くて、大きい。

 しばらく私は、胸を高鳴らせながら、彼の温かさを感じていた。
先生
「桐ケ谷くん。そろそろ体育館へ」
桐ケ谷渉
「草間先生。わかりました。……またね」
 桐ケ谷くんと呼ばれた彼は、先生に言葉をかけられ、私から手を離した。

 私に向けてふっと笑ったあと、そのまま歩いていってしまう。
月野楓
「……お礼、言いそびれちゃったな」
 今度会ったら「助けてくれて、ありがとうございます」って言わなきゃ。
月野楓
「……でも」
 違う……!
月野楓
「もっと真人さまみたいな、意地悪な人、探さなきゃ……!」

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