第7話
1-6
放課後。
僕は使っている机に、教科書と書きかけのノートを広げた。
すると背もたれを前にして、幸葵くんが座り直す。
僕のノートを覗き込まれて、ちょっと恥ずかしい。
お世辞にも頭がいいとは言えない僕のノートを見られるのは、気恥ずかしかった。
似たようなものを聞いたことがある。
叫んだ僕の顔はきっと夕焼けに負けなかっただろう。
頭悪いとド直球で言われるとは、思ってもみなかった。
そりゃ、相手は生徒職員全員が口を揃えて神童と呼ぶ人だけれども!
比較対象を間違えている気がするよ。
まさか僕が幸葵くんに教えることがあろうとは。
少し絶句した。
こういう雑学には詳しいと思っていたのだが。
すると幸葵くんはむっと眉根を寄せる。
ちなみに見せてもらった幸葵くんの字は、すこぶる綺麗だった。
字を読めるに越したことはない。
憎たらしいほど綺麗な文字とにらめっこ。
例を一つ挙げれば、今日の数学の授業範囲についてだ。
要所要所に下線が引かれ、場所によっては「他は全てこの公式の応用」と書かれている。
正直見やすい。
その証拠に幸葵くんの教科書を見ながらだと、解く速さがいつもより速い気がする。
するすると答えが導き出せるのだ。
呆れたように言いながらも貸してくれる辺り、幸葵くんはいい人だ。
けれど、気になることがある。
あれは今日の数学の授業でのこと。
幸葵くんの隣の席の北見さんと言ったか──が数学の問題を教えてほしいと言ったとき、幸葵くんは素っ気なく「自分で考えてください」と突っぱねた。
少しだが、人と距離を置いているように見えたのだ。
自己紹介もあんなにこざっぱりとしていたから、あまり人と関わることに興味がないのかなとも思う。
今日の数学の授業のみならず、他にも勉強を教えてほしいといった類の誘いは断っていたはず──。
頬をぷにっとつつかれる。
そこにはどこか膨れた顔をした幸葵くんがいた。
普段は鉄面皮だが、最近表情がわかりやすくなってきた。
取り上げられそうになった教科書を引っ張る。
幸葵くんはあまり力を入れていなかったのか、すぐに教科書は僕の前に落ちてきた。
気のせいかな。
僕とはこうして普通の距離感を保っているし、他人を避けているだなんて早とちりだったかなと思った。
◇◆◇
結局その日はなんだかんだで、幸葵くんは終わるまで付き合ってくれた。
「仕方ないですね、あなたは」と言いながらも、わからないところは解説してくれる。
やっぱりいい人だな。
日が傾いて空が藍色に染まってきたところで、さすがに今日は終わりにしようと席を立った。
暗がりの教室で、幸葵くんの表情は窺えなかったが、嫌がっているわけじゃないといいんだけど……。
なんせここまで付き合ってくれたのだから気を悪くしていない……と思いたい。
校舎を出ると、空は半分藍色で半分橙色。
中間が紫になっていて綺麗だ。
半分夜空の夕焼けの下。
幸葵くんは笑った気がした。