第8話
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家に入ると、何かの出汁の匂いがする。
みそ汁だろうか。
なんとなく、母の匂いとは違った。
台所には紺色のエプロンを着けた哀音がいる。
「ん」って何だ「ん」って。
もう少し反応があってもいいだろうと思ったが、食欲をそそる匂いに負ける。
母さんには悪いが、哀音の料理はうまい。
たまにこうして母さんが遅い日は、哀音が作って待っている。
僕が作ることもあるが悪くもなければよくもないという微妙さなので、大抵哀音に任せている。
近くに行くと、芳ばしい香りもした。
みそ汁にムニエル。
和洋折衷というやつか。違うか。
素直に焼き魚にしない辺りが哀音らしい。
そう言うと、哀音は拗ねた。
僕が近づくと、哀音はふとすんかすんかと鼻を動かす。
腑に落ちないという顔をされたが、僕は別段気にしなかった。
哀音が仕方なさそうに調理に戻り、そういえばと切り出す。
弟の見事なまでの片言に、僕はじとっとした目を向ける。
けれど哀音はしれっと無視して、へらでフライパンに乗っている魚を返していた。
バターの豊潤な香りが広がる。
途端に食欲が戻ってきた。
おおっと忘れるところだった。
哀音の言う僕の日課とは、花の世話だ。
それらの花は、庭の片隅で育てている。
季節ごとに違う花を見られるようにしているのだ。
庭に出ると、月明かりが草花を照らしていた。
水をやりながら、きらきらとした細い枝のような葉に目をやる。
花がなくてもどこか華やかなのがシロタエギクだ。
時期は徐々に夏に向かう頃。
思い切って向日葵を植えたが、ちゃんと咲くだろうか。
そういえば、学校の花壇はどんな花を咲かせるのだろうか。
物思いに耽るうち、哀音が呼びに来た。
哀音はとうとう僕にまで反抗期か。違うか。
とりあえず、いい匂いのする方向へ向かっていく。
食事は既に並んでおり、哀音はエプロンを丁寧に畳んでいた。
兄弟二人きりというのは物寂しい。
でも哀音の料理はおいしそうだ。